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(周辺環境:王宮)
(撮影:ぱんくす様)
名称:高位西国人
何をもって貴しとし、何をもって浅ましきと断ずるのか。その評価基準は各々によって異なり、決して、画一的な基準を設けることは出来ない。そもそも技術屋が多い羅幻王国において、身分の貴賎というものはあまり存在せず、評価されない。正確に言うと、それらは技術屋――自らの腕を磨き、自らの作品に何よりの誇りを持つ彼ら彼女らにとって、それほど魅力ある事柄に映らない。着飾る暇があるのなら、優雅に振舞う余裕があるのなら、その時間を使い少しでも自らを高めることを是とする。羅幻王国とは、良くも悪くも基本的にそういう国風を持っている。
しかし、そんな技術者集団である羅幻王国においてもなお、誰からも貴しとされる人物が居ない訳ではない。彼ら、もしくは彼女らは大概の場合において【ゆったりした服装】をしており、また、何らかのオブジェクトを象った【装飾品】を身に着けている。ネックレスや指輪、あるいはサークレット、ネックレスといったそれらに用いられるオブジェクトは、多くの場合、その個人、あるいは家を示すものである。衣服に関しても、あくまで砂漠がちな羅幻王国製の衣服であるため【砂避け】が施された【日焼け対策された服装】である。とは言え、彼らがそれらの機能を生かす現場に立つということは、現場での作業が専門でも無い限り、滅多にあるものではないのだが。
羅幻王国においてなお、誰よりも貴しとされる彼ら彼女らの正体は、数々の専門分野を総括し収めた万能家、ジェネラリストである。ひとつの学問や技術体系を完璧に身につけるだけでもマイスターとして尊敬を集めるが、ジェネラリストたる彼ら彼女らは、複数の学問・技術体系を完璧に習得し、なおかつそれらを並行的・交差的に運用できる人物である。否、正確に言うのなら、それらのことが行えなければ、その人物はジェネラリストたる資格が無い。
優秀な人材が多く登用される羅幻王国においても、やはりジェネラリストの存在は貴重であり、彼ら彼女らはほぼ間違いなく、藩王直々の命により王宮へと徴用されることとなる。そして、彼ら彼女らの持つ、ただのスペシャリストが10人20人束になっても届かない能力を余すことなく発揮できる環境、つまり仕事を宛がわれるのだ。
並みの秀才が一年掛かって終わらせる案件を僅か一ヶ月足らずで終了させるだけの実力を持つ彼らの仕事ぶりは、しかし、その内容の濃密さとは裏腹に驚くほど優雅である。と言うのも、彼ら彼女らが存分に仕事に集中できるように、と仕事場の環境は常に最上の状態に保たれている為だ。あるいは彼ら彼女らの中には、(多くの場合「面倒だから」などという理由で)宮勤めを拒否し、リラックスできる【涼しい家】の中で仕事を続ける者も居る。そのため、宮仕えを始めたばかりの者が彼ら彼女らの仕事場を訪れると、多くの場合、驚くことになる。仕事場と言うより高級ホテルのラウンジと言った方が近いような仕事場で、深く柔らかい【ソファ】に深く腰掛け、片手で【大きな団扇】を仰ぎながら仕事をする彼ら彼女らの姿を見ることになるからだ。しかしその驚きも、次の瞬間には驚嘆と尊敬、そして畏怖へと変わる。辞典よりも厚い実験データの紙束をものの数分で読破し、今後の課題と改善点を挙げる姿を見ることになれば、それも無理の無からぬことだろう。
並外れた(あるいは人外的な)実力を持つ彼ら彼女らは、しかし多くの場合、気さくである。と言うか、自分自身の価値に対し無頓着である場合が多い。彼ら彼女らの多くは王宮で頭脳労働に従事しているが、現場での作業やフィールドワークに長けた者たちは積極的に現場に出る事でも知られている。そのため、羅幻王国内ではその経済を支える形にもなっている【巨大な港】や【交易路】、そのメカニズムがいまだに解明されきっていない【蜃気楼】多発地帯、また砂漠における生物分布を知るために重要な役割を果たす【オアシス】において、彼らと出会うことが可能である。羅幻王国において、明らかに上から数えた方が近い程度の社会的地位を持つ彼らであるが、そのように必要であればどんどん現場に出る一面や、その気さくな振る舞いも手伝い、同国の民でさえも彼ら彼女らに【エキゾチックな人材】特有の魅力を感じることが多い。西国人であれば決して珍しくも無い【灰色の髪】も、その魅力に一役買っていることは否めないだろう。
誰よりも貴し、とされている彼ら彼女らであるが、多くの場合、当の本人たちに自分たちが貴い立場なのだという自覚は無い。
彼ら彼女らは、本質的に理解しているのだ。
貴いから貴く振舞うのではなく、振る舞いが貴いからこそ、貴いとされるのだという、至極当たり前のことを。
(1927文字)
(解説:四条あや)
・西国人
名称 西国人要点 ・砂避け、日焼け対策された服装・エキゾチックな人材・灰色の髪
周辺環境 ・交易路・涼しい家・巨大な港・蜃気楼・オアシス
名称:・高位西国人(人)
要点:・ゆったりした服装・灰色の髪・装飾品
周辺環境:・王宮・ソファ・大きな団扇
評価:・体格1.50(評価1)・筋力1.50(評価1)・耐久力1.50(評価1)・外見1.50(評価1)・敏捷1.50(評価1)・器用1.00(評価0)・感覚1.50(評価1)・知識2.25(評価2)・幸運1.00(評価0)
特殊:
*高位西国人は根源力25000以下は着用できない。
*高位西国人は一般行為判定を伴うイベントに出るたびに食料1万tを消費する。
→次のアイドレス:・砂漠の騎士(職業)・寵姫(職業)商人・(職業)・藩王(職業4)
L:商業の民 = {
t:名称 = 商業の民(人)
t:要点 = 帽子、笑顔、もみて
t:周辺環境=市場
t:評価 = 体格3,筋力3,耐久力3,外見2,敏捷1,器用0,感覚0,知識0,幸運0
t:特殊 = {
*商業の民の人カテゴリ = 特別人アイドレスとして扱う。
*商業の民は、外見と幸運に+2修正を得る。
*商業の民は一般行為判定を伴うイベントに出るたびに食料2万tを消費する。
}
t:→次のアイドレス = 大規模商業施設(施設),商人(職業),重商政策(技術),商業大イベント(イベント)
(撮影:古島三つ実様・ぱんくす様 彩色:蓮田屋藤乃様)
『羅幻のにゃんにゃん棒』
(類語・ことわざ)天秤棒一本あれば行商をしてにゃんにゃんを稼ぎ財をなすという羅幻商人の勤勉さを表す言葉。 もしくは、それにあやかった商売のお守りとして商店の店先に掲げられる10フィートの棒の事。
――NWエンサイクロペディア第7版より――
一般的に商人と言うとへりくだったイメージがあるが、実際の現場では、物のわかっている人間同士の売買は云わば真剣勝負の様相が伺える。 そこには「売る者と買う者の心が通わなければ物は売れない」という商いの神髄が込められている様であった。
羅幻商人の特色として、用いるべきは才覚と算用だけでなく、巧妙な計算や企てを良しとせず、世の中の過不足を補い地場産業の育成や地域の活性化があってこそ商いが行えた部分がある。 よって、お互い様という観念や地域への貢献を疎かにする事は無く、不況には、国家事業への寄進、橋の架け替え工事や常夜灯の整備、学校建設への寄付、等々、数多く陰徳(売名の類ではなく、人知れず人の為になるような行為)、社会貢献があった。
「他国へ行商するもの総て我事のみと思はず、其の国一切の人を大切にして、私利を貪ること勿れ」
これは、陸路や海路を通じて、自らが誇りに思う技術力を分け隔てなく伝え、双方で商いを行う事例に由来する。 行商で成功するとその地域に出店し、新たな商売のため、大量輸送や荷物の保管場所の基地としても利用され、各地に出店している店同士で商品の回転を行い効率の良い運営に努めた。
経営方針としては短期間で大きな利益を得るような商いは良しとせず、長期的な商いを行うことを求めた。そのため、日々の努力と始末が欠かす事は無かったと言われる。
これを「売り手に良し、買い手に良し、世間に良し」の『三方良し』として、売り手と買い手の双方だけの合意ではなく、社会的に正当な商いや行商先での経済的貢献を求め、古くから企業の社会的責任を果たしてきた羅幻商人を象徴する言葉として伝えられる――。
――ここは、羅幻中央卸売市場、通称『らげもんいちば』。 その朝は早い。
黎明ですらない明け方の心地よい空気に活気の良い掛け声が混ざり始め【市場】は慌しく動き始める。
動乱の歴史、その只中にあっても羅幻国民、食い道楽の胃袋をあずかり、卸売と小売の機能を兼ねそなえた市場として親しまれ、NACの支援を受けつつも今日に至っている。
入荷した鮮魚や青果、そして生花の競りが始まるため、セリ場は独特の雰囲気に包まれていた。
ここ鮮魚の競り区域では、冷凍マグロがズラりと並び、仲卸業者たちは手鉤を使って、身の良し悪しを確かめている。
買参人である事を示す【帽子】にそれぞれの店舗固有のナンバープレートを付けた仲買人たちは卸売のセリ人から親しげな【笑顔】に情報を聞きだすも真剣に、しかし歩く速度を落とす事無く、品物が入った発泡スチロールやダンボールの山を歩き回り、品質を調べて行く。
なお、セリの形態は各地方で異なり、声を上げる上げゼリ、指の形が値段を示す符丁となる指ゼリなどが一般的ではあるが、ここ羅幻中央卸売市場は、セリ人と買参人がまるで【もみて】をするように握手を行い、その際に爪の立て方によって値段を示す符丁となる爪ゼリと呼ばれる比較的珍しい形態が存在する。
若干、運行速度に問題があるため大半が上げゼリで行われるものの、地元の猫妖精たちが得意とするセリの形態であり、価格帯が高価な珍しい品目に用いられる事がままある。
そのセリ場からは20メートルと離れていない仲卸の店舗は、いまだ開店の準備に追われている。
卸売市場に入荷した品物は、国家の認定を受けた卸売業者からセリに掛けられ、競り落とした仲卸業者が販売する。 仲卸の仕事は、セリに参加して競り落とし、店舗に運び、加工して、スーパーなど一般消費者向けの各量販店に販売するところまでである。
一応は、一般消費者は流通管理のために市場から直接購入は出来ないし、基本的には公衆衛生法の兼ね合いもあるため入場も暗黙の了解として、禁止されている。
(一般消費者からみれば、未だマージンが価格に含まれていないため安いのではあるが、バーゲンセールという戦場に慣れた古参兵たるオバちゃん方一個連隊が大挙して押し掛けられても困る話ではある)
また、鮮魚の区域よりも青果部署はいささか和やかである。
これは流通量の多さから言って卸売を行う人間の手が実質回らないため、競り売りよりも相対売りが主体となってしまっているからである。
実際の所、競り売りが未だに存在する理由は、市場は一漁師・一農家からの委託販売を基本的に断ってはならないという、漁師・農家の保護を目的として制定されている市場法によるものである。
つまり、大資本・大流通量を備えた経済連等、生産組合の品目は、流通管理と値崩れを防ぐための価格調整を念頭とした相対売り。 また、時価に幅がある嗜好品目や、出来に幅がある小手生産者の品目は、品目保護のための競り売りが主体となっている。
「…… あい! 今日は紅葉産キックバナナ秀Lイイの入ってるよー! その世界忍者産べマーラもNACから軍師殿のみたいなたゆんたゆんが入ってる! これで文句ならオマエら十歳同盟だっつーの! おぅ現金屋! 5c/s持ってけ。その3c/sは○猫屋の予約だから手ぇつけんじゃねーぞ!?」
なお、らげもんいちばの語源は、その昔手狭で移転する前は羅幻城城門前に市場が設置されていた事に由来する。
当時の市場の様相は、その時代にもまして活気がありました。 午前5時〜10時の間は白いカッポウ着の板前さん、午前11時〜午後3時までは一般の買物客、そして午後3時以降は料理屋など【ゆったりした服装】の玄人衆が客として賑わいをみせていました。
「夕暮れの中で、のら猫が手桶を漁っている。 人通りも無い静かな空気に鮮魚のにおいが漂う『らげもんいちば』の中を通り、路地に入れば醤油の臭いがした」
(当時の風俗学者による手記)
「【王宮】を仰ぐとそこはもう『いちば』で、【装飾品】を仕舞った【灰色の髪】の旦那さんが売り物の【ソファ】で【大きな団扇】を扇いでいました」
(共和国歳時記)
※注記
(卸売:行政の委託を受けて、生産者と仲卸の仲介を行い、価格調整と流通管理を行うこと。また、それを職業とする人。卸売業者)
(仲卸:売り手と買い手(卸売と問屋、問屋と小売商・量販店など)の間に立って、物品や権利の売買の仲介をおこない、営利をはかること。また、それを職業とする人。 仲買人)
(優・秀・良のカテゴリで品質を、2S・S・M・L・2L・3Lのカテゴリで大きさを示す)
(c/s:ケースの意)
(〜〜屋:屋号の事。歴史のある商店は昔からの屋号を持っており、それで呼ばれる事が多い)
(NAC:New world Agricultural Cooperatives(ニューワールド農業協同組合)の意。 主催は結城杏女史@ながみ藩国)
(モートラ:卸売市場で良く見かける伝動三輪運搬車の事。 「ターレ」とも呼ばれる。『モータートラック』ないしは『ターレット(旋回)式運搬車』の意)
そんな、商人たちの晴れ舞台に、もっとも厳密に言えば一般ピーポーでは無いものの、明らかに不慣れなおのぼりさんよろしき一行の姿があった。
迷路のように複雑な場内の通路を、狭い通路を直角に曲がる事が出来るモートラがエンジンごと前輪を回転させて走り回り、漢たちが忙しくすれ違う渋滞の中では、全員の姿を見失わないようにするだけで精いっぱいであった。 スーパーの魚売り場のようにじっくり見ているヒマなく。 一度はぐれたら確実に迷子が予想されていた。
「――うにゃーみんなありがとーにゃー」
「おぅ、姫ちゃん、これ喰って来な!」
「羅幻ちゃん、アンタのお父さんの若い頃ってカッコ良かったのよー! これカツブシ。頑張るんだよ?」
「おら! 姫さんのお通りじゃっつーの!!」
「サンマいいのあるよ持って来な! 今日は塩焼きさね」
「先王さまはのーーそれはー素晴らしいお方じゃっったー」
「――うにゃーみんなありがとーにゃー」
視察と式典に訪れた羅幻藩王とその従卒たちである。
この藩王、元々の生まれからか妙な王器・人徳がある。もっとも『じーちゃんばーちゃんメイン』であったのだが。
彼らは動乱の時代の以前に崩御した先王の加護を忘れてはおらず。そして彼らにとって羅幻藩王はいつまでも、その時のお姫ちゃんであった。
最近新たに入国した秋雨鐘鋳は、同時期に入国した兄猫mk2と共に、浪費癖の彼女の買い物に付き合わされた彼氏よろしく、うず高く積み上げた『お土産』をへろへろふらふらと抱え運んでいた。
「えーと、不敬、と言うにはちょっと違います、よね?」
いまだその風土に慣れない若者は戸惑いを隠せなかった。何と言うかこう、藩王相手に馴れ馴れしいと言う訳ではないが――
「うわははは、親しまれてると言うこっちゃな」
大族の長たるグレイ卿が豪快にうそぶく。
つまりそれは、時代と場所が変われども、何ら変わる事は無い人の営みであった。
――そして。さらに舞台は変わる。
閉じ込められた暗闇に光が差すと共に、凍り付いていた秒針が動き出す。
まるで、過去と不安を打ち払うかのように電灯は明かりを灯され、堅く閉じられていた扉からはたくさんの人が入室すると共に、封印されていた機材は解凍されていく。
「―― 各スタッフ。ファイルA−17を参照してスケジューリング通りに行って下さい。 四条文族長。 OS再インストールを開始して下さい。 リブート後、テトラチェック。 終わり次第、バックアップからデータ移送を行って下さい。 すでにわんだっく及びNACのシミュレートデータ。 そして事前偵察作戦の結果から現時点のオリオンアーム平均株価指数、為替状況が算出されています。 ドクター無畏。 財務マージは任せましたよ」
肉感的な女性の的確な差配にスーツ姿の人員と機材が動員されて、数字が電光掲示板の中で推し進められて行く。
「にゅいっす。 再インスト委細問題なく。 自分はもう少しツンデレでも良かったですが、極めて順調」
「くくくくく。 こんな事もあろうかと! こんな事もあろうかとぉ! バックアップと為替シミュレートは更新を続けていたのですYOoooo!!」
こんな事もあろうかとー! 一度言ってみたかったのじゃよ――と、ツンツン頭をした白衣のカタマリが、何やら感動に悶絶しながらゴロゴロと転がって行く。
(……まぁ、しばらくこの部屋は使ってなかったからモップ換わりになってイイかなぁ)
羅幻王国文族長、珍しくもスーツ姿の四条あやは幾つものウィンドウに表示され更新されるメニューバーやプロンプトを横目に見ながら思いを馳せた。
にゃんザーズ中央市場。
かつて、Tera領域の金融株式を支えた市場であり。いまこの場所は、にゃんザーズ崩壊と共に一度は放棄した、にゃんザーズ羅幻証券取引所:マーケットセンターである。
そう、にゃんザーズは崩壊した。 オリオンアームとの接続が切られ、地方市場だけでまわそうとしていたが、ISS崩壊による社会不安を期に崩壊した。
天災、戦争、極度の治安悪化等の非常事態に施行される【緊急国民保護法】の公布、
社会不安に伴う反政府活動に対応するために警官隊を組織。ヤガミの援護を受けての治安維持活動、
Newworld Agricultural Cooperatives(ニューワールド農業協同組合)略称NAC 設立による食糧流通、
そして、天領共和国軍艦隊の襲来に対しての、火星宙域迎撃奇襲作戦――あれは本当に激戦だった。 確かに400隻以上の宇宙空母を轟沈させた歴史的な大勝ではあったけれども、かの名高き友邦キノウツンのスカーフの人に率いられて、四条あやも聯合諸国の将兵と共に暗黒の宇宙を駆け抜けたのだった。
……そして、苦難の日を過ごして、絶望の時を越えて、市場はようやく、落ち着きを取り戻しつつある。
しかしながら共和国諸藩国は、いまだ、NACでの食料取引のみしか行う事が出来ず、中央市場や民間工場等の利用も出来ない状態にある。
それならば、また取り戻すだけの話である。
データ量を示すバーが伸び切って、インストールが終わりを告げる。
秩序は取り戻した。 安定も取り戻した。 信頼は取り戻しつつある。 ならば次は――。
甘い声が空間に響く。
「――総員傾注。『プロジェクトにゃっくす』発動。 共和国は今こそ新たなるにゃんザーズを構築する――」
next I_dress → return of nyanza-zu... to be continued...
(解説:蓮田屋藤乃様)
L:商人 = {
t:名称 = 商人(職業)
t:要点 = 前掛け、もみ手、笑顔
t:周辺環境=お店
「う……ん」
目を覚した私は、未だにはっきりとしない頭を掻きつつ、軽く伸びをする。ちらりと窓の外に目をやると、ちょうど日の出の刻限なのだろう。うっすらと明るくなり出しているところだった。正直、まだまだ寝たりないが、二度寝をすると確実に開店時間に寝過ごしてしまう。安物だが、ふかふかのベッドに未練を覚えながら起床する。
今日の店の準備を始めるとしよう。身体を動かしている間に、眠気は徐々に薄らぐはずだ。
倉庫に行き、今日棚に並べる商品を見繕う。小さい倉庫だ。入り口にいるだけで、だいたいは見渡せる程度だ。所狭しと一見無秩序に物が並んでいる。その全てを一人で管理できるのも、一重にその小ささのお陰である。
「ふん」
全く嬉しくはないが。希望としては、もう少し大きな蔵を、あと三つほど庭に並べてみたい。しかし、現在のところ、それは夢のまた夢だった。
私の店で取り扱っているのは、基本的に日用品だ。取り敢えず、大抵の日用品は取りそろえている。だが、それだけでは稼ぎなど知れたものだ。このままだと、蔵を新しく建てるなど、いつになるやら分からない。なので、最近はこれまで商った事のない物を仕入れたりしている。
服や機械、工具、本など。変わったところでは、灯油やガソリンも仕入れている。どの商品も、一応自分なりに客層を研究して仕入れているので、それなりに利益は出してくれている。とはいえ、まだまだささやかなものだ。ここらで一発、どかんとデカい商売をしてみたいと思って色々と勉強はしているが――果たしてどうなるか。
取り敢えず、私はこんな場末の商売人で終わるつもりはない。私が一年かけて稼ぎ出す金額を、たった一日で動かしてしまうような商人だっている。中には、軍隊に兵糧や消耗品を納入し、莫大な利益を上げている者もいる。おまけに、そういう連中は、自分の部屋を一歩も出ずに、ただ命令を下して書類にサインをするだけで大金を稼ぐというのだから、全くねたましい限りである。
そういえば以前、王国摂政が全国に先駆けて【◆不正競争防止法】や【◆社会責任企業規範七原則】などといった政策を発布していたが、あんなものは商売人にとって手習いに教わる事であって、殊更明記する程でも無いかと思っていたのだが、最近、ひょっとしたらあれは摂政なりの回りくどい減税助成ではないかとも考えるようになって来た。
「はあ」
まあ、空を見上げていても金貨が降ってくるわけでもない。私は、倉庫から手早く商品を袋に詰めると、棚に並べるために自分の店へと急いだ。
棚に商品を並べ、床の埃がないように掃除をして、【前掛け】を身につければ開店である。きっかり九時。毎日同じ時間である。
開店すると、早速何人か店に入ってきた。常連客である。大抵、朝飯としてパンや菓子を買っていく人達であり、こちらとしてもお客様というよりは話し相手という感覚が強い。最低限の礼儀こそ忘れないが、今日の天気やら仕事の愚痴やらの雑談に花を咲かせる。
楽しい時間ではあるが、気は抜けない。ふとした相手の呟きから、次の商売のネタが出てくるかもしれないからだ。相手が必要としている物を取りそろえるのが商人である以上、相手の不満に思っている事を分析して解決方法を見つければ、それは利益へと直結する。それは、どんな仕事でも変わらない基本原則だろうが、民衆の生活に密着する商人達は、ことさら人の口から出た話を重視する。
最も、残念というべきか、今日は特に目新しい話は聞けなかった。やれ、隣の婆さんがぎっくり腰になっただの、洗濯物が雨に濡れて困っただの、他愛のない話ばかりだ。一瞬、薬を仕入れたり洗濯屋を開いたりすればどうかとも思ったが、薬を仕入れるのは国の許可がいるし、洗濯屋は案外体力を使う上に設備投資にも金がかかるから、そうそう手が出せる物ではない。
まあ、時たま人の不幸が飛び出してくる時もあるので、それがなかったのは幸いとでも思っておこう。
さて、朝の慌ただしさが過ぎ去ると、少しだけのんびりとした時間帯になる。この時間が、つかの間の休息と言えるだろう。手早く飯をかき込み、お茶を飲み、のんびりと本を読む。一時の安らぎだ。ずっと続けばと思わないでもないが、本当にこの時間が続いてしまうという事は、つまり客がいなくなっている訳だ。そう考えると、あまり嬉しくない。
と、そんな事を思ったかどうかは分からないが、お客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
私は本をカウンターに置くと、お決まりの文句を口にした。入ってきたのは、この辺では見ない顔だ。着ている服も、普段着というよりは旅装束に近い。かなり遠くから来た人らしい。
……これは気合いを入れないといけないかもしれないな。初対面のお客様との対面は、いつも緊張の連続だ。特に、旅人とは。上手く対応すれば常連になってくれるかもしれないが、下手を打つと悪い噂が広がる可能性もある。行商人なら遠くに逃げれば、今までの伝手を全部失うとはいえ商売を続ける事も不可能ではないだろうが、土地と共に生きていく店持ち商人にとって悪い噂は致命的だ。
「何か、ご入り用でしょうか?」
私は【笑顔】を浮かべる。鏡を見ずとも自分に出来る最高の笑顔だと確信できる。そして、もみ手をしながら旅人に近づく。
【もみ手】をするのは、やや卑屈かなと思わないでもないが、よそに行くと商売という行為そのものが卑しいものと考えられている地域だってある。出来る限り、友好的な態度をとる必要がある。それに、笑顔の仕方によっては、もみ手をむしろ可愛らしく見せる事も可能だ。
「ああ、少しばかり――」
お客が所望したのは、いずれもこの店にある物だった。お客様の言葉からも、こちらに対する敵意は見えない。取り敢えず、ほっと一安心。
私は、商品を手早くまとめてお客様に手渡す。同時に、料金を受け取る。これで、完了。この旅人――かどうかも分からないが、彼がこの店に来る事は、もう無いかも知れない。
そう思うと、何となく感慨深くなる。そんなとき、旅人が言った。
「綺麗な店ですな」
それだけ言うと、旅人は店を後にした。その後ろ姿を見て、何となく私は自分の口元が緩むのを感じた。
だけど、まだまだだ。いずれは、全ての人間に店を褒められるような大商人になってやる。私はそう思いながら、今日も【お店】のカウンターに立っている。
――藩国の商業地域の一角にかつて停止し、そして復興した、にゃんザーズ羅幻証券取引所:マーケットセンター。その(防諜システムを組み込まれた)会議室に一団の老若男女――藩国内にてさまざまな業種・影響力を持つ情報経済のスペシャリスト――が集められている。筆頭は王国摂政:蓮田屋藤乃。藩国通商産業省情報局:通称【ビヤーキー機関】と言われている。
「――セプテントリオンの市場介入により、大きな打撃を受けた投資家に手を差し伸べてくださいな。もっとも先の【◆大統領府による『セプテントリオンの脅威について』】大統領府から布告があったのですからある種自己責任に近い状況ではありますが、被害を受けたという認識に間違いはありません。庇護の手を差し伸べる事が肝要でしょう――」
異議なし、異議なし! 異議なし!! と声が重なる。
そう、商売は信義をモットーとする正統な商売をを旨とする羅幻商人たちには、セプテントリオンの横暴なやり方・市場介入には商売人としての心意気として許せぬものでありその活動を名誉とした。何故ならば、死を売る商人がいるならば、生命と平和、夢と希望を売る商人がいる事もまた彼らの意地により証明しなくてはならないのだから――。
◆藩国通商産業省情報局:通称【ビヤーキー機関】
藩国摂政直轄機関として、ヒト・モノ・カネの流れを把握することで、情報の収集・相場の事前予測や、セプテントリオンをはじめとするテロ組織への資金流入の事前対処を行い、国内企業・事業者たちの保護に関する市場混乱の未然防止と、藩国警察・ISS・大統領府への情報提供を行いカウンターテロの一翼を狙う目的とされている。
参考資料
※『ヒト・モノ・カネ』の情報捜査方法
ヒト:税関出入国管理の履歴閲覧協力
モノ:初恋運輸の物流履歴の開示協力
カネ:個人&企業資金口座の関連付け・口座履歴の閲覧協力
※人員採用項目規定
1:犯罪歴・経歴・思想等人格審査プロファイルの確認と、藩国摂政と一対一の事前面接による確認。
2:文殊上に存在する国民番号を持った羅幻王国国民であり、定期的にISSの査察を受ける事に同意する事。
3:新規人員参入は公募・自薦は無く、現機関員による他薦・引き抜きのみである事。
4:各部門で働くにおいて必要な能力を保有している事
具体的な運営方針は、各国・各関係所の協力を得ることで、ヒト・モノ・カネそれぞれの情報を、収集、統合、分析。
不自然な取引、不自然な資金変動等を常時把握、必要があれば内偵を行い、関係各所へ監視対象の通達と捜査協力を要請する。