宰相府海軍兵站システム提出ページ

停泊 ― 補給船での一コマ ー

 港に【停泊中の補給船】では、甲板磨きが行われていた。

 磨かれた甲板は補給艦であっても海軍の誇りである。 というよりも、補給艦であるからこそ一段と磨き上げなければならない。

 空母だろうが何だろうが、この船に積載される燃料と資材が無ければ、長くは戦えないのだ。

 彼女ー船は女性と呼ばれるーの機嫌を損ねないためにも、それは必要な仕事であった。

 

「軍曹殿、一つ聞いていいですか?」

「わぅ?(なんだね、新入り君?)」

 

 新兵であろう、真新しい作業ツナギに身を包んだ少年がおそるおそる手を挙げる。 それに軍曹と呼ばれた犬士が軽く首を掻きながら笑顔で答えた、が。

 

「初歩的ですみません。 ――兵站って、何ですか?」

 

 それを言われた瞬間、周囲の心の声としては《ちょっと待て、お前基本軍事訓練でいったい何を学んできたんだ?》だっただろう。

 

「す、すみません。 僕、戦時中の緊急徴発組で今回実地研修に廻されて――本格的な基本軍事訓練はこれからなんです」

「わふ。 わぉん(あ、それなら仕方無いか。『兵站』とはlogistics(ロジスティックス)、兵站を略語とする戦争用語だ。 戦場で一番重要な役割だな)」

 

 華の無い裏方と言ってしまえばそれまでで、戦闘中では一番狙われる存在でもある、というのは流石に伏せておく。 補給艦に乗っていれば、おのずと誰かに知らされる事だ。

 

「わおーん(補足すると広義には「後方支援」、厳密に言えば「後方補給」かな。 ま、《生産地から消費地までの全体最適化を目指す》ところが物流とは異なる)」

「生産地から消費地までの全体最適化……難しい任務なんですね」

 

 彼らの仕事は輸送と貯蓄だけではない。

 一端戦場へと足を進めれば、敵を避けるための航路変更から、隠蔽工作までを行う。 厳しい判断を求められることとて、数多い。

 

 兵の高い練度と、指揮官の度量が無ければ補給部隊は勤まらない。 楽そうに見えて、かなり過酷な任務なのである。

 

「わふん(だが、この兵站がなければ、軍ってのは長く戦えない)。 わぅっ(こいつが基地から運ぶ燃料や食糧が、みんなの命をつないでんだからな)!」

 

 胸を張って軍曹は笑うと、デッキブラシを動かす。 そこへ船外からの確認も兼ねて、今後の整備の打ち合わせをしていたのだろう整備士達が腕を振った。

 

「軍曹殿! そろそろ飯行きませんか? 陸の昼飯は久々でしょう?」

「わうっ! (そうだな! 皆、久しぶりの陸だ! たまには船を降りて食べるか!)」

 

 思い思いの声で海の男達は同意の声を上げて、デッキブラシや掃除用具を仕舞い出す。

 それは一時の平和な匂いの中、母港でゆったりと安らぐ補給艦とその隊員達の僅かな休息の一風景だった。

戦の前 ― 補給作業中 ー

 ――海の男達が甲板磨きをしてから数日後。

 

「もっとこっちだ! 3mm右! ようし、そのまま!」

 

 大きな荷物を吊った【デリック】が、ゆっくりとリーファーコンテナを積んで行く。 『火気厳禁』と書かれたそれには、弾薬がぎっしりと積まれていた筈だ。

 

「物資の数が凄いですねぇ。 艦隊戦でもやるんでしょうか? AOEですから弾丸は積むんですが……いやはや」

 

 AOEとは総合補給艦のことだ。 艦隊行動に付随できるように航行速度を高速化させ、さらに燃料から弾薬に至るまでの殆どの補給をまかなう。

 

「宇宙で艦隊戦やっている時代だが、惑星での補給じゃ陸路や海路、空路を利用するものさ。 それに、水の上での艦隊戦は、今じゃ戦史にしか出てこないしな」

 

 【海辺に面した補給所】――中央補給施設は、一斉に開始されたとも言っていい補給作業で、物資から人までが戦場のようにごった返している。

 左横に【停泊中の輸送艦】も、現状は同じだろう。 ただ、その船はAO、完全な給油艦(タンカー)であるため、デリックでの積み込み作業は行われていない。

 

「それと最新鋭艦も出るらしいですよ。 噂になってたやつとか」

「ほう、それは楽しみだ。 ところで補給状況は?」

 

 彼の副官が告げた状況は非常に良好だった。

 再構築された海軍兵站システムは、これまで以上の成果を出している事に、艦長は首をまっすぐに振る。

 

「あの【デリックによる積込】で殆どの積み込み作業は終了か。 流石は高級将校達や技官までもが胸を張って自慢した新システム、ミスが少ない」

「ええ。 これなら予想以上に早く出航できそうですね、艦長」

 

 マニュアル化とオートメーション化。 

 極力ヒューマンエラーを廃するためのオートメーション化だけではなく、これまで以上のマニュアル化によって人間が機械の不調というミスを排除するように組み上げている。

 

 他にも、中央補給施設そのものにも大幅な見直しがされ、解体や改築、位置修正などによる作業そのものは、難民達にとっても多くの仕事をもたらした。

 人間面と施設面からなる見直しは大幅な効果を発揮しており、作業そのものがスムーズになったと、現場担当者達は喜びの声を上げている。

 この見直しの裏には、高級将校達と技官達、そして現場監督者達の多くの血の涙と汗、魂が込められていたとは、この艦長が知るよしもない。

 

「では、出航準備を速めるか。 上と部下達に連絡をしてくれ。 向こうにいる腹を空かせた連中にうまいものを喰わせてやりたいし、何より部下達の緊張も減らせるしな」

 

 笑いながら承服した副官が艦橋へ歩き出す。

 補給物資を腹一杯に積み込んだその補給艦が出港したのは、それから3時間後の事であった。

中央補給施設・大改装計画!

 これは、新システムによってAOE型補給艦が補給を受けるその数ヶ月前の話。

 

【海辺に面した補給所】――中央補給施設では、平時の燃料や食糧の備蓄に勤しんでいた。

 戦争は何時始まるか判らないし、災害対策や難民対策にも、ここにプールされた燃料や食糧、武器弾薬が使用される。

 ゆえに、日常の物資の貯蔵は死活問題なのである。

 

 それ以外にも、海軍兵站システムの中枢のため、軍事的重要施設として高い価値を持った施設であったが――

 

建造され実用化されてから、少しずつ問題が出始めていた。

 

「うーん、こちらの施設をこっちに移設してバイパスさせていけば、燃料補給効率がもう少し上がるんだけどなぁ」

 

 そう思うものがいても、港湾周辺へのバイパスに手をつけるのなら、巨大な改築をせねばならず、内部についてもそうそう変えられるものでもない。

 

「食糧備蓄VS熱砂の港湾とかけまして、地下空洞と説く」

「その心は?」

「地下の方がクーラー代も安くなって良いよね。 後大規模エレベーター作ればもっと効率上がるよね?! というか暑いと冷凍野菜保存にかかる電気代が予算を喰ってぎゃー!!」

 

 このような食糧補給担当管理部の悲鳴はまあさておき、現場作業者から所長にいたるまで、様々な観点から大規模な見直し要求が出てきていたのは事実である。

 

「よかろう。 ならば見直しだ」

 

 誰が言ったかは判らない。

 だが、その言葉が自然に各補給の担当部や管理部を含む、現場で働く者達から出てきたのは、事実だった。

 その声に押されて、軍の高級将校達や技官達を巻き込んだ大規模改造へ向けての会議が始まったのである。

 

 行われたアンケートに乗っ取って会議で出された改善要求は、壊れたままのシャワールームの修理要求から大規模な情報伝達システムの見直しなど、それこそ多種多彩にして膨大だった。

 その多さに、会議担当者が悲鳴を上げたのはいうまでもなく、まずはその絞り込みから話がはじまったのである。

 

 そこから、調整会議だの、担当者同士の打ち合わせと称した呑み会だの、殴り合い一歩寸前の喧嘩交渉に土下座合戦――

 ともかく、多くの擦り合わせや各部の交渉などを経て、一つの案が纏まったのは最初の会議が行われてから3ヶ月後の事である。

 ここまで早かった理由は”早くなんとかしたい!”という、中央補給施設労働者の心が一丸となった証拠だったのだろう。

 

 案が纏まった後の行動は、もっと早かった。

 各管理部や現場監督者ほか、現場作業員を含めて巨大なプロジェクトチームが結成、様々な担当に振り分けられ、解体に改築、規模の拡大など、様々な大規模工事が始まったのである。

 人が足りない分は外部から難民やらなにやら、とにかく人をかき集めて、作業は急ピッチで行われた。

 

 そうして、さらに数ヶ月後――彼らの夢の職場は、完成した。

 

「新型冷凍倉庫、電気代省エネつきー!」

「新しいバイパス! これで燃料効率上がるー! マニュアルセットでもっと効率上がるぞー!」

「規模でかくなったぞー! これでもっと色々置けるー! 人増やせるー!」

 

 こうして完成した中央補給施設は、彼らにとって最高の職場となり、会議担当者やプロジェクトリーダー達は、自分のやった仕事に満足してこう言ったという。

 

 ――この先、新しい問題が出てきてもこの経験をもとに皆で立ち向かえば、何事があろうとクリアできるだろう、と。


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Last-modified: 2017-06-19 (月) 21:10:04 (182d)