王立図書館4F

イベントなどで提出するSS等の文章類を掲示しております。

羅幻雅貴作『無能女王即位 ~あるいは、無能王女の策略~』

 ふやりふやりと酒を呑む。周囲に転がっている酒瓶は一人で呑むには随分と数が多い……この2日間のプライベート時間はずっと酒ばかり呑んでいたから当たり前と言えば当たり前か。

 

「王女様、それ以上はもうやめたほうが……」

「あによぉ〜、呑んだって良いじゃない」

 

 ルクスが酒を取り上げようとしたので、手元にあったレバーを引っ張る。

 

「で〜〜〜〜ん〜〜〜〜かあああああぁぁぁぁぁぁ」

 

そのまま、突然開いた落とし穴に落ちていく……行き先はこの位置だと一階だ。途中で引っかかるかもしれないが、どっちにせよ落ちても命に別状は無いだろう。

 ……まあ、地下牢かもしれないけど、そんなこと今は知ったこっちゃなかったりする。

 

「……父上、死んじゃった……って、嘘でしょ」

 

 父上――羅幻王国国王が死んだ。私にはいまだに実感が沸かない……葬儀は数日後に執り行われ、三ヶ月は喪に服して、今度は即位式とまで言われてしまったら、嫌でも思い知らされるはずなのに。その間、王の『代行』として国を護るという仕事が待っているが、はてさて『暗愚』だの『無能』だの『放蕩』だのとレッテルが貼られている王女に、誰がついてくるのやら。

 父上は王という仕事の上に、技術者としても腕が良かった。それが実験中の事故で死んだ、だなんて嘘だと思う。外部の犯行の可能性すらありえたが、古い国家とはいえ力が弱い羅幻王国を狙うにはメリットは薄いし、内部かとも思ったがその気配も無い。結局ただの事故死だとしか、現状では判断できなかった。

 

「……ばかやろー」

 

 王女にはあるまじき言葉だろうが、大声で叫ばないだけマシだろう……ワーカホリックで、娘可愛さか何か知らないが、あまり仕事を割り振ってくんなかった父上に。私が判ってる国家の内情なんて水冷街やオアシス各地で知った事くらいしかないのだから。

 

「父上のばかーーー!! アホーーー!! 無責任ーーー!! 死ぬ気無かったのは判るけど、死んだ後の事くらい考えてて欲しかったわよ!!」

 

 ほぼ理不尽で占められている叫びを放ち、また酒を呑む……まあ、理不尽だってのは、頭でも心情でも理解していたが、叫ばずにはいられなかった。私を始めとする王国に属する人間は、王様が死去してからの残務処理に追われている。酒を呑んでる今だって、今日の残務処理をやっと終わらせた後の少しの時間でしかない……まあ、その間に流石に酒瓶2本は開けすぎたかとも、思うけど。

 

「……『おうさま』かー……自信無いなあ」

 

 深くため息を吐き出し、天井を見上げる。

 

羅幻王国の国王』

 

 羅幻王国の頂点にして、最高権力者であり、そして一番の責任者……そして、国家の象徴でもある。

 そんな椅子に座るのだ。しかも、国内の古狸や、各国藩王との折衝、軍略から何から何までやらなければならない。 そこまでやれる自信は……無い。

 

「あ、そっか、じゃあ」

 

 ふらりふらりと揺れつつ父上の部屋へ入って鍵を締めると、王国の極秘資料から、他にも父上が生前集めていた様々なデータを引っ張り出す。この中には、王国の重鎮すら知らぬ、王国の様々な事実や真実が記されている。と言っても、霊廟の中がどうなっているのか、など王にも知らない事もあるのだが。

 そうやって引っ張り出したデータを父上のベッドで寝転びながらチェックしていると、要注意人材として『蓮田屋藤乃』という名前を見つけた。

 

「……蓮田屋……あー、時々名前聴く人だー」

 

 砂漠を歩いていれば、時折聞く名前だ。どうやら父上、しっかりチェックしてたらしい。いずれ引き込むつもりだったのだろうか? それなら、娘の私がやってはいけないと言う法はない。

 

「よし、この人ヘッドハンティング! で、次がルクスさんにー、かっちゃんにー……」

 

 ぺらりぺらりと人材表をめくっていけば、優秀な人材がどんどん表記されている。どうやら活用できていない、否、活用できるように使われてないとも言うべきなんだろうか。むしろ、一番上の王様が有能過ぎたせいなのだろうか。

 

「よっし、ウチにも優秀な人材いるわね。じゃあ無能な上役は首ちょんぱしちゃいましょー」

 

 どこか邪悪を思わせるような笑みを零しながら、真っ黒い手帳をベッドの下のからくり箱から引きずり出すと、首を斬るべき人間と、その裏の行いが記されたその手帳を開いた。

 その手帳には『おうさまの閻魔帳』とこっそり書かれていたりする事は、実は王国の中でもいっちばんの最高秘密で、私と父上しか知らない事だったりする。

 

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 さて、それから一週間後の、海の上。レジャー用の小舟の上で、新聞のニュース覧を見ながら軽くため息をつく。釣りをしているように、ぷらぷらと釣り糸を垂れながらだ。

 

『愁壬王急死。 王女、喪中につきコメントを差し控えるとの公式発言』

『王宮爆発トトカルチョ開催中。締切は毎月5日朝10時まで電話とメールで受付中。さあ今月はどこが火が噴く?!』

『チーズケーキグランプリ開催。ベイクドとレアチーズ、どちらが最高かを競うのが目的』

 

「……『王の急死』、か」

「ええ、そういうコトにまとめたわ。で? どうするの? これから」

「私が『暗愚』なのは知ってるでしょ? 国家を立て直す良いチャンスよ。自分の利権を護ろうとする古狸には去ってもらいましょ?」

 

 顔を歪ませ、嗤う。そう、その為の準備は整いつつある。人材はすでに把握し、裏工作ももう始まっている。無能な王様が安心して即位する為の下準備は、走り出しているのだ。

 

「まあ、有能な人材は居るけど、押さえ込まれてた分不満もたまってる、という所かしら。トップダウン式というのは、上が有能な程、下に不満がたまりやすいのよ」

「『勝手なコトするな』ってネ?」

「そゆコトね。で、この方式だとウチは破綻するわ。だって、私が何も出来ないから」

 

 一向に釣れる気配のない釣り糸を見ながら、ただ事実を言って、ため息を吐く。そう、この一週間色々な事をやってみたが、書類作りはおぼつかないわ、猫士を運用するのにいくら掛かるかも知らないわで、己の力量不足を痛感していた。その代わり、国内の状況は身をもって知っている。幼い頃から王宮から逃げ出し、外に遊びに行っていた事はまったくの無駄ではなかったのだ。

 今の状況では『ただそれだけ』で終わりそうな予感もするが、そんなものは頭を振るって追い出した。打つべき手は打ち、後はゆっくりと仕上げに入るだけなのだから。

 

「これから全部を判ろうとするには、時間が無さ過ぎるわ。わんわんとのいざこざもあるだろうし、根源種族との戦争もある。このままじゃ不味い。それよりも、有能な官僚と軍師を据えれば、それなりの時間が取れるでしょ?」

「有能な王様になるのは、それからでも遅くないってこと?」

「そ。つまり、私自身の時間稼ぎも含めて、今やらなきゃいけない事は一杯あるのよ。それにはまず、有能な人材が欲しい。自分の利権にかじりついて仕事しないような無能は要らないわ」

「きっぱりはっきり言うネ、まったく」

「王様ってのは、そういうモノなんでしょ?」

「まったく、その通りだけど……面白くなりそうね」

 

 私がにやりと笑ってみれば、かちゅーしゃ前摂政も笑う……今は偽装の為か、口調も服装も随分と普通に戻している。政争で負けたとはいえこの前摂政は有能で、普段はオカマ風に見せていても有事の時は辣腕を見せていた。それに、古い時からの知り合いで話しやすいこともあって、こうやってよく話をしている。

 話が少し切れたので、釣り糸を戻して仕掛けを施し海に投げ込む。仕掛けが間違っていなければ小さな魚でも釣れる筈なんだが、どうにもこうにも今日は当たりが少ない。

 

「……ねえ」

「ん? なに、かっちゃん」

「それだけでも、アナタ随分有能なおうさまになると思うのだけど、やっぱり無能と言う?」

「当然。だって、実際私は無能だもの。計算シートの一つくらい使いこなせない王が、有能だと思う? 実務レベルでは使えないわ」

 

 ふう、とため息をついて横に置いておいた計算シートをバックにしまう。有能な吏族が見れば、げらげら笑いながら指指して『使えねー』と言われるだろう。そんな想像が容易にできるくらい、出来は悪かった。

 父上なら完璧にこなせるだろうことが全然できない事は、この私がよくわかってる。『出がらし』だとか『劣化コピー』だとか言われてもしょうがないだろう。それでも私は王様と呼ばれる立場になってしまうのだ……このままでは国が成り立たない。だから、無能な脳みそをフル回転させて、こうやって策略を立てている。

 

「……ルクスさんをまず宰相に置くわ。そして外部から『蓮田屋藤乃』という女性を軍師として据えたいと思う」

「ああ、あの。時々噂を聞くくらいだけど……」

「即位式が終わった後、すぐに私自身が彼女と交渉してみる。上手く行くことを天に願いつつ、準備をするだけよ」

「忙しくなるネ、随分と」

「かっちゃんにも協力してもらうわよ? 有能で、腹心の人なんだから。『適材適所』、これがウチの国家のメインストリームになっていくから、よろしく頼むわね」

「えー、私仕事したくないー。ギャグしてたいー」

「そー言わない。私だって本当は外行って遊びたいんだもの。ランチしたりこっそりショッピングしたりギャグしたりいたづらしたり」

「さ、最後が不穏……」

 

 そう、やりたいことを国家の運営とかに差し障りのないようにやる為にも、有能な人材が欲しい。ギャグすらやれないかつかつな国家にする気はさらさらないし、そうはさせない。余裕が無ければ人はやがて疲弊し、最後には自滅する。何より『共に和して』と言うのなら、尚更皆でギャグしても壊れないくらいの強い国家が必要になる。ギャグの大きさは、ひいては国家の余裕の大きさでもあるのだから。

 

「ま、ね? 王様が抜けたくらいで壊れるような国家なんて脆過ぎ。今そうなっちゃってるから、とにかく鍛え直さなきゃね」

「まあ、それは言えてるわね、お・う・さ・ま?」

「あら、まだ私王様じゃないわよ? 事実上そうであってもまだ公式の場では『王の死にショックを受けてベソかいてる王女様』になってるんだから、それで通しましょ。安心させて闇討ちって戦術では陳腐だけど、だからこそ有効的なのよ。特にそれを仕掛けた相手が『暗愚で無能な王女サマ』なら尚更ね」

「まあったく、お腹まっくろだわねぇ」

「……かっちゃん、糸引いてる」

「おおっと! 今夜の晩ご飯!!」

 

 ぴん、ぴんと釣り糸が引いていたのを、かちゅーしゃが慌てて上下に竿を動かし、リールを巻く。何度もリールを巻く音が響き、竿が大きく上に引かれた……なかなか大物だ。水面をはたきながら海から引き上げられた魚を網ですくいあげ、船内へ引き込む。その30cmはある大きな銀色の魚の尻尾を掴むと、そのまま包丁で尻尾とエラの部分を切り上げ、活け締めにして氷の詰まったボックスへと放り込んだ。

 

「おおー、処置までお見事〜」

「まあねー。そっちは釣れたの?」

「これから釣るわよ。『人材』という大きな獲物をね。お魚……は、これから釣れるわよ……多分」

「まあ、しょうがないわね。で、これがバレて暗殺とか来たら、どう対処するの?」

「一つの国家といえど、藩領である以上、王がいなければ当代の共和国大統領閣下は国を潰すわ。私を生かしておいて、操り人形になりそうな人間に代替わりさせるという手も使えるけれど、それでこの国が成り立つかしら?」

「……内乱にもなりかねない、という事ね?」

「そうなったら私は本気でコトを起こすわよ。国民を路頭に迷わす訳にはいかないしね」

 

 ふふ、と小さく笑って糸を見れば、こちらも引いている。リールを巻いて、上下に大きく揺らして、タイミングをはかり引き上げれる。大きな魚の身がびちびち跳ねて船上に飛び込んだのを、これまた活け締めにする――よし、今日の晩ご飯ゲット。後は王猫となるだろう、私の相猫マヘスのご飯を釣るだけだ。

 

「ま、ね? 私が『暗愚』と信じて色々情報漏らしたりしてくれるところは色々とあるのよね。……危なくなったら山程使うわ」

「随分情報漏洩が甘くなってる部分あるから、それも狙うのもいいかもしれないわね。ま、あの方の死が切っ掛けだということもあるんだろうけど……弱小の成り上がりってこういうこともあるから、本当に怖いネ」

「起こってしまった事より、対処が必要よ。私が今一番欲しいのは膿みを出し切るための大鉈、ってところね」

「大鉈……ね、随分とまあ、この国も腐ったものね」

「仕方無いわよ。古い国には良くある事だわ」

「……大鉈の振るい方くらいは知っているわね? おーじょさま?」

「勿論。大鉈の振り方は、お手本が山程あるし、見て来たもの。今回は古典的に静穏に……そして事を起こす時は刺激的に苛烈にね。……さーって、この話はこれでおしまい! さあ、大漁狙うわよー! マヘスの魚を釣らなければ、恨めしそうに睨まれてしまうだろうしね!」

「そうねえ、私のLOVE&PEACEにも一匹釣らないと。がんばらなきゃネー、おーじょさまっ」

 

 にっこり笑い合うと魚の群れを見つけようとソナーを起動させる。

 さあ、これからどうなるか、恐れと期待で胸をどきどきさせながら、私は竿を握り直した。

 
 

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 3ヶ月後。

 新王即位の儀式後、皆を集めてにこにこ笑いながら、私はその椅子に座った。眼下に居るのは無能と有能、玉石混淆の、元は父様の、そして今は私の臣下達だ。

 

「新王即位、おめでとうございます。して、王様、何故我々をお集めに?」

「うふふ、ありがとー。うん、新しい王様になったから、新体制に刷新しようと思ったのー」

 

 ざわつく臣下達を前にあくまでもいけしゃあしゃあと言い放ってみる、私。そりゃあまあ、そうかもしれない。無能な王女が即位したのだ、自分達はそれを裏側から操ればいいとでも思っていたのだろう。お生憎様、私がこの椅子に座った以上、そういう奴らは即座にくびちょんぱである。

 

「それでね」

 

 指を鳴らせば、現れるのは我が国が誇る軍の精鋭達。それに後ずさりする彼らを尻目に、予め懐に隠しておいたとある書類をひょいと広げる。にやつきそうな顔を、あくまでもにこにこ笑顔で固定しながら、ばたばたと書類を振ってみれば、それを見て血の気がと引いて行く一部の臣下達の顔。

 その中で総ての事情を知っているかちゅーしゃ前摂政は、にやにやと笑いながら腕を組む。嗚呼、なんて面白い状況!! どこか茶番劇にも似た予定調和に、内心での笑いが止まらない。

 

「調べてみたら、面白い話が上がって来ててね〜。ナニコレ? 国費のムダ使いに、私的流用を始め、やりたい放題したい放題してるじゃない、一部の人達?」

 

 うふふ、とあくまでも可愛らしく笑いながら、次々と流れて行く言い訳を聞き流す。それに呆然としたり、まるで穢れたモノでも見るかのような目つきで睨みつける者達の中には、私が選んだ人材達が軒並み揃っていた事に内心で、安堵の笑みを浮かべた。

 父様の目に狂いは無かったし、間違ってもいなかった。これで、無能な私が思う存分に戦える土壌が出来る。無能者は私一人でいい。後は、優秀な者を登用し『適材適所』を心がけ、恩賞必罰もきちりとやれば、それでオーケーだ。勿論、余裕があればまた別なのかもしれないが、現状、私はこのやり方位しか思いつかなかった。

 うん、やっぱり私は無能だ。

 

羅幻王国藩王、羅幻雅貴の名において命じます。そこの犯罪者どもを総てひっ捕らえなさい。その者達は国家叛逆者よ」

「お、王よ!! お聞き下さい!! 我々は国のためを思って……!!」

「国民を裏切り、先王の信頼をも裏切ったその罪は深いわ……一生、日の目を見る事はないと思いなさい」

 

 あくまでも笑顔を崩さずに言い放つと、家臣達が歩兵に引き摺り出されていったのを見届けて、柏手を2度程打つ。あっけに取られていた彼らが正気に戻ったのを確認して椅子に座り直すと、また新しい書類を懐から引き出す。自分なりに考えた、新体制の案だ。これを一人で練るのに、2週間はかかった。

 

「さあって、邪魔者は消えたわ。んで、ここに残った、あなた方がウチを支えていくことになるので、よろしくね」

「……つ、つまり、これをしたかったから私達を呼んだと?」

「そーよ、ルクスさん。貴方は宰相になってもらうねー。かっちゃんはそのままの地位となるけど、まあ、がんがん働いてもらうからそのつもりでよろしくねー」

「え? ……え、え、え、え、え、えええええ!?」

「えー! 私仕事したく無いって言ったじゃないの〜。ギャグしてたいって〜!」

 

 奇声を上げて自分を指差して固まるルクスとぶーたれるかちゅーしゃを尻目に、とっととマントを羽織り、彼らの横を通って、外へ出ようとする。

 それにはたと気付いて、「ああ」と声を出したルクス――どうやら呆然状態から復活したようだ。流石に早い。

 

「お、王様っ、どこに行くのですか!?」

「蓮田屋藤乃さんを、正式にヘッドハンティングに行くのよ。 じゃ、いってきまーす!」

 

 そう言って、私は外へと駆け出した。前途多難だけど、この国も、無能な私にも、未来は明るく輝いてる。

 

 さあ、戦いをはじめよう。無能でも愚劣でも、それでも私はもう、この国の王なのだから。

 
 

グレイ様作『戦い終わって夜も更けて 〜戦勝祝賀会〜』

 ここは羅幻城地下にある統括通信センター。 国内の情報や軍の通信、果ては国外の傍受できる通信や情報全てが集まる場所であり、吏族が持つ『知識ネットワーク』を形成する一大拠点である。

 その中央管制室の中を、かなり場違いな愛らしい少女がひっきりなしにうろうろしていた。場違いと言ってもその外見上の話であって、立場上では場違い所の騒ぎではない。その少女こそ、現羅幻王国国王・羅幻雅貴であるのだから。

 

 さて、彼女が何故うろうろしているのかというと、早朝に出立して共和国軍と合流した羅幻王国軍の事が気がかりだからである。 二時間程前に戦闘行為に至った報告を受けてから続報が来ない。 勿論この部屋に詰めているオペレータの方々も気が気ではないのだが、やはりこの国のトップであり、彼らを送り出した張本人としてはやるせない気持ちで一杯なのであろう。

 

「う〜、まだかにゃ……まだなのかにゃ」

 

 尤も、愛らしい外見に加えてその可愛らしい呟き声のせいで、端から見たらちっともやるせなそうには見えないのだが。

 すると、管制室の自動ドアが開き、二つの人影が入ってくる。

 

「……陛下、ちょう落ち着こうや。そんなんしたってあいつら帰ってこうへんで?」

 

 一人は針千本。魂の故郷が東京なのに大阪弁を駆使する謎の男。こんな場所に来るというのに格好からしてアロハシャツにサングラスを掛けてサンダルという超軽薄なものなのだから困ったものである。とはいえ、彼は『ギフツァンリッター』。羅幻王国三軍の中で決戦兵器としての役割を得意とする集団の暫定トップである。今回は王都防衛の為に出撃は見送られていた。

 

「そうだ、陛下。後学の為にも今からどっしり落ち着く事を身につけるがいい」

 

 表情一つ変えずにそう告げるのは凄爆嵐、羅幻王国の総料理長である。コック服の白さが目に眩しく、一見すると女性に見えなくもない。

 

「そら、サンドイッチを作ってきた。ウバの紅茶も用意したから一息つくといい」

 

 微かに、ほんの微かに唇を上方へ歪ませて、持っていたトレイをテーブルに置く。そのトレイにかけられていたナフキンを取ると、その下からはサンドイッチのくせにかなり色鮮やかで豪華な代物が現れた。

 

「……食欲ないにゃ」

「こーら、そんなことゆうとったら、俺が喰うてまうど」

「しかし、昨日から何も食しておらんだろう。あいつらを迎える立場の者が元気でないとどうする」

「むぅ」

 

 口をとがらせる羅幻。その様子をやれやれと肩を竦めながら、視線を交わし合う二人である。

 すると、その時。

 

「陛下! 軍師殿から入電です!!」

 

 オペレータの一人がプリントアウトされた紙を手に立ち上がる。その言葉に耳と尻尾をピン、と立てて猛スピードで駆け寄る羅幻。あとの二人も少し表情を改めてそこの歩み寄るが……

 

「早く、早く読むにゃ! なんと言っておる?」

「ちょ、陛下っ」

「陛下餅付け。揺らしたら読めるもんも読まれへんで?」

 

 オペレータにしがみついてぐらぐら揺する様に苦笑を浮かべながら、ひょい、と羅幻の襟首を掴んで持ち上げる針千本……仮にも一国の国王に対してその行動はいいのだろうか。

 

「わ、わかった。わかったから降ろせ〜」

「ジャ、ジャミングが激しいので、短文だけ送られてきました。えー、『祝杯を12杯用意されたし。羅幻軍師蓮田屋』!!」

 

 その瞬間、管制室は歓喜で爆発した。

 あちらこちらで歓声があがり、走り回る者、抱き合う者、踊り狂う者等々。

 

「いよっしゃああああああああああ!! やりおった、あいつらめえええええ!!」

 

 天に拳を突き出しながら叫ぶ針千本もその一人であった。一方の羅幻王はと言うと……

 

「よかったにゃ……よかったにゃ……」

 

 嵐の胸で泣いていた。その大きな瞳から、安堵と喜びが涙の形をとって、そのピンク色の頬を流れ落ちていく。抱き留めている嵐も、王の背中をポンポンしながら、その顔に滅多に見せない笑顔を見せていた。

 
 

 国家再建後の初戦。羅幻王国軍は一人の死者を出すことなく、凱旋の途についたのであった。

 
 
 

『戦い終わって夜も更けて 〜戦勝祝賀会〜』

 
 
 

「てなわけで、改めて、身内での祝勝会の始まりやっ!」

 

 国王執務室は見るも無惨な状況に様変わりしていた……つまり、宴会場になってしまっていた。本来の用途からは180度違う。持ち込まれたちゃぶ台と絨毯……洋式の部屋が完全に和式に様変わりしてもいた。しかもちゃぶ台の上には、見るも美味そうな料理と様々な種類の飲み物が所狭しと並べられている。

 

「まずは、吶喊でこの美味そうな料理を大量に作ってくれた、我らがシェフ、嵐はんに拍手!」

 

 その言葉を受けて響く割れんばかりの拍手……しかし嵐は全く表情を変えずに頷くだけであった。

 

「次に、場所と軍資金を提供してくれた、我らが国王陛下に拍手!」

「任せなさい! こんな時の為ならへそくりの一つや二つ!」

 

 再び拍手が巻き起こる……嵐とは正反対な対応を見せる羅幻である。

 

「そして、最後に……」

 

 その台詞を受けて、当たりはシンと静まる。なかなか心得た司会ぶりだ。

 

「修羅場を無事乗り越えて生還した、12人に拍手や!!」

 

 残念ながら、その12人以外には6人しかいないので先程までのものよりは少なかったが、それでも一際熱い拍手を向けられた12人の頬が紅潮する……そう、身内の祝勝会。それは羅幻王国の上層部17名プラス1名で行われているのであった。

 

「では乾杯の音頭を……ここはルクス宰相閣下にお願いするわ!」

「うぇ!?」

 

 いきなり話を振られて、みんなの様子をにこにこと見守っていたルクスが目を丸くする。周りからは当然の様に『ルクスコール』が巻き起こる。

 

「あー、で、では僭越ながら」

 

 顔を赤くしながら、こほん、と咳をつきながら立ち上がるルクス。それに合わせて尻尾の鈴がチリン、と鳴る。

 

「えー、まずはこの……」

「長い!!」

「ちょっ」

 

 出だしからいきなり入った突っ込みに慌てるルクスである。勿論周りは大爆笑だ。

 

「ま、いいや。固いことは抜きにして、乾杯!!」

『かんぱ〜い!!』

 

 至る所から響く、グラスの交わる音。公務を全て終らせて集まった、気の置ける仲間達だけの大無礼講パーティーの幕が切って落とされた。

 
 

          §          §          §

 
 

 それではまず、このちゃぶ台から見てみよう。

 

「にゃははははは」

「ご機嫌だな、陛下」

 

 そこには今回パイロットを務めた三名、ぱんくす卿、シノブ卿、寛卿が静かにグラスを傾けていた。だが、まだ一時間も経っていないというのに既に出来上がっている羅幻が吶喊していた。

 ぱんくすの背中におんぶする羅幻……私服なのか、カジュアルな格好――キャミソールにミニスカートという出で立ち――のせいで、お尻から伸びた尻尾が出てぐるんぐるん回っている。

 

「そりゃそうにゃのにゃ〜」

「ちょ……いいんですか? たしか陛下って」

「……未成年の人が真似しないようにしないとな?」

 

 呆れるシノブに寛は苦笑混じりに呟く……全く、王国のトップたる国王が法を守らずにどうするんだ、とも。

 

「ぱんさんには世話になりっぱなしだにゃあ。こにょ前にょ偵察もそうだったしぃ」

「何を言う。活躍の機会を与えてくれて感謝している」

「むふ〜、そう言ってくれると嬉しいにゃ〜」

 

 やや苦笑混じりのぱんくすに頬ずりする羅幻。ぱんくすの方も満更でもないのか酔いが回っているのか、されるがままになっている。

 

「こうやって見ると親子みたいですねえ」

「ちょう、シノブ。せめて兄妹と言うたりいな」

「あ、中隊長」

 

 シノブが生暖かい眼差しでそう呟くと、ジョッキを片手に針千本が姿を現した……少しげんなりした表情で。ぱんくすとさほど変わらない年齢なので、己に投影してしまったのだろうか。

 

「それから、勤務期間中はその中隊長ってやめえな。むず痒いわ」

「あ、すみません」

「針千本、今回は悪かったな。出来れば変わってやりたかったが」

「何言うとるんよ、あの作戦やったら寛の方が適任や。ま、ちょう暇やったけどな」

 

 そう言ってジョッキを傾け、一気に飲み干す針千本。見た目通り、酒には強いようだ。

 

「しかし陛下、ご機嫌やな〜。ぱんくす、チャンスや、なんか強請ったれ」

「ふふ、そうだな。折角のこういう機会なんだ、少し恩を着せてもいいかな?」

 

 そして苦笑から良い笑顔に表情をシフトチェンジするぱんくす。

 

「にゃ?」

「おい、ぱんくす。酔ってる時に言っても仕方なかろう」

「え、なんなんですか?」

「いや、陛下はいっつもあんなもんやろ?」

 

 シノブには分からなかったが、出発前にぱんくすとした会話で、彼が何を言おうとしているか丸わかりの寛であった。その裏でまた何気に失礼な針千本である。

 

「シノブはまだちょいと早い、かな。陛下……」

「にゅ?」

 

 ぱんくすの背中で目を丸くする羅幻。何故か尻尾まで丸まっている。

 

「……俺と寛……後、針千本に、イエロージャンパーを着る許可を賜りたいんだが」

「うお……そう来たか」

「にょ!?」

「……いや、しゃべりましょうよ陛下」

「駄目だな、これは……」

 
 

          §          §          §

 
 

「ふむ。しかし、むぐ、初陣とは思えぬ、むぐ、見事な動きだったぞ? むぐ」

「いやあ、はむ、何を言ってるんですか、はむ、足引っ張って、はむ、ばっかりだったじゃないすか。はむ」

 

 一方、こちらのちゃぶ台。中央には一際大きなお皿に山と積まれた焼き鳥の串。

 

「いやいや、むぐ。何というのかな、むぐ、気構えというものが、むぐ、卿には出来ている。むぐ」

「まあ、はむ、修羅場は何度も、はむ、経験してましたからねえ。はむ」

 

 それを次から次へと口にしながら話をしているのは、羅須侘とグレイである。ちなみに『むぐ』と『はむ』の一回につき一本の串が平らげられていた。

 

「呆れた……あんなにあるんだからもっとゆっくり食べればいいのに」

 

 その様子を見ながらグラスを傾けるのは比月コウ。二人を見て食欲が無くなったのか、ずっとお酒ばかり飲んでいるようだ。この場でも、男物の格好をしたコウであったが、少し紅色に染まった頬が女性の色っぽさを醸し出していた。

 

「いや、グレイさんはともかく、羅須侘さんまであんな鳥好きだったか?」

 

 そしてコウの隣で、なんとか強奪してきたなけなしの焼き鳥をパクつくのは岩元宗。今はその長い髪を後でくくっている。他にも料理はあるのに焼き鳥を食べているところを見ると、彼も同類なのかも知れない。

 

「さあ……どうだったかしら」

「あら、知らなかったの? 二人とも」

「お、軍師」

 

 そこに現れたのは、蓮田屋女史――パレードの時の新調した正装がいたく気に入ったのか、そのままの格好である。既に大分飲んでいるようで目はとろんとし、いつもより三倍増しの妖艶な笑みを浮かべている……まるでどこかのホステスさんのよう。

 

「何かあの御二人、戦闘中に友情を深められたみたいですね」

「そういえば何か言ってたわよね。『帰ったら山程鶏肉喰ってやるー』ってグレイさんが。そしたら……」

「ああ、俺も聞いた。『ばっかやろ、シェフの鳥料理は渡さん』って。羅須侘さん、かなりマジっぽかったなあ」

 

 にこやかに告げる蓮田屋とは対称的に苦虫を噛み潰した顔のコウと宗。それが友情と言えるかどうかが微妙、といった様子である。

 

「ふふ、いいこと思いつきました♪」

 

 そう言ってさらに笑みを深めた蓮田屋女史は、酔っててふらふらしている割には素早い動きでグレイの背後に近づく。

 

「ぐれ〜いさん、初陣お疲れ様っ」

「はむぐふっ!!」

「おお、むぐ」

 

 後ろから急に首根っこに抱きつかれて、何か目を白黒させているグレイ。その姿を横目で見ながらも、羅須侘の動きは止まらない。

 

「ほんと〜に助かります、ふふ。グレイさん、あ・り・が・と(はぁと」

「……あ、当たってる」

「当ててますもの♪」

「どっかで、むぐ、聞いたような、むぐ、やり取りだな。むぐ」

「……さ、刺さってる」

「計算通りですもの♪」

「……軍師、怖ぇ」

 

 蓮田屋女史の抱きつき攻撃プラス耳へのささやき攻撃でグレイの顔がどんどん赤くなり、どうやら喉に刺さった串のせいで今度は青くなっていく。そんな姿を見て、すっかり酔いがさめた宗であった。

 

「むぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐ」

「あ、ここぞとばかりに羅須侘さんのスピードが上がった」

「まったく、あの男は……」

「あ、嵐さんだ」

 

 コウが羅須侘の様子に目を見張っていると、その横から凄爆嵐が姿を現した。ずかずかと彼の元へと歩んでいく。

 

「……って、その手に持ってるのって、うわ」

 

 嵐が右手に持っているもので、コウが確認する間もなく羅須侘の後頭部を一閃する。辺りに物凄い音が響く。

 

「むぐふうっ!!」

「いい加減にしろ。お前達がいるからとたくさん作ったが、独占してどうする」

 

 相変わらずの無表情ではあるが、良く見れば彼の額にうっすら血管が浮いているのがわかる。

 

「ちょ、ちょっと嵐さん! そ、それって包丁!?」

「大丈夫、峰打ちだ」

「総料理長、ひょっとして酔ってます……って、ちょ!!」

 

 宗が慌てて駆け寄ってくるが、瞬速で己の喉元に突きつけられた包丁で急停止。

 

「誰が酔っているものか、失礼な……って何故立っているのだ、羅須侘。今私の手で……」

「いや、俺、岩元ですよっ!!」

「あ、嵐さんっ! 危ないですってぇぇ!」 

 
 

          §          §          §

 
 

「外世界技術品かあ……一体何があるんでしょうねえ」

 

 そして、最後にこちらのちゃぶ台。ここは先の二卓とはうって変わってまったりな雰囲気である。頬杖をついてちびりちびりと杯を傾けながら、窓の月を愛でる王国随一の伊達男、四条あやの姿がある。

 

「うふふ、装飾品とかないのかしらン? あればさぞ美しいのにねぇン」

「技術……画期的且つ斬新なデザインの眼鏡とかないんでしょうかねえ」

「画期的且つ斬新なデザインの靴下の方がいいんじゃないかなあ」

「何でもええけど、売っ払って大金が転がりこんで来うへんかいなあ」

「……台無しもいいところですね」

 

 その傍らで瞳を爛々とさせてくねくね身悶えをしているかちゅーしゃ前摂政。同じく瞳を爛々とさせてぽわわん、な茉乃瀬桔梗。また、その横でこちらはひどく真剣な面持ちの癖に、内容は変態さんな絢人と、その三人の呟きを受けてため息を吐く少女。

 そんな四人に冷ややかな眼差しを送る四条だが、勿論誰にも届かなかった。

 

「まあ、いいじゃないですか。こんな場なんですから」

 

 愚痴る四条に、隣のちゃぶ台からルクスが声をかけてきた。苦笑しながら徳利を差し出す。

 

「おっと、有り難う御座います。この度は本当にお疲れ様でした」

「いえいえ、大した事してませんから。それより……本当に、みんな無事で良かったですよ」

 

 返杯、と徳利を差し出す四条に応えて、自分の杯に満ちていく酒を眺めるルクス。それをくいっと仰いで今度は他の面々に目を向ける。

 

「うふふふふ、外世界の宝石、貴金属……あぁん、くらくらしちゃう」

「一つ目用の眼鏡とか、お腹にかける眼鏡とかぁ……」

「色は白しか認めないが……一本足のやつなら右足用なのか左足用なのか……」

「とりあえず、売っ払って大金になってくれたらそんで……」

 

 ルクスの気持ちなぞうっちゃって、夢見心地コンティニューな四人である。

 

「ってか、なんできね子さんがいるんですか?」

「そう言えば、司会進行もされてましたね」

「……あんたら何を今更言うとんねんな」

 

 最後の台詞を呟いた少女――それはマネー・きね子嬢であった。『17名プラス1名』の1名は彼女だったようである。

 

「うちはな、国王はんが、シェフ殿はともかく、みんなにスタッフさせとうない言うて呼ばれたんや」

「……ふふ、陛下らしい思い遣りですね」

「そうですね……じゃ、きね子さん、如何です?」

 

 ルクスはきね子にも徳利を差し出す。彼女が差し出したのはコップであったが、ルクスは気にも留めずになみなみよ注いでいく。

 

「お陰様で無事に帰ってこれました。で、明日から例のものを進めるつもりですので……また色々とお世話になります」

「もう、宰相閣下、水臭いわあ。泥船に乗ったつもりでおり〜」

「ま、突っ込むのは野暮ですかねえ」

 

 微笑ましい二人をよそに四条はそう呟くと、再び窓の外へと視線を向ける。

 そこには煌々と輝く満月が、あたかも無事帰還した戦士達を祝福しているかのようであった。

 
 
 

「あれ? そう言えば誰か足りないような……」

 
 

          §          §          §

 
 

 ここは、国王執務室のベランダ。

 

「そう……」

 

 その欄干に、一升瓶片手に仁王立ちする男。

 

「私は……」

 

 砂漠の国の夜……低い気温や砂混じりの風もなんのその。

 

「天才だああああああああああああああああああああああああああ!!」

「こけえええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 ……何かの鳴き声とシンクロしたその声は、国中に響いていたとかなんとか。

 
 
 
〜Fin.〜
 
 

源様作『羅幻王国のとある一日 〜源篇〜』

 地面にちょこんと腰を下ろすと、グレイから招聘されて羅幻王国へやってきた人物、源(みなもと)は、汗をぐっしょりと吸ったシャツの端を絞った。

 露骨に顔をしかめ、ずれた眼鏡を直し、水溜りを作りそうな程の勢いで絞り出た汗に目をやった。ある種、ここまで出れば清々しくもある。

 一通りシャツの汗を搾りつくして一息ついた彼女は、ズボンのポケットに忍ばせて置いた銀色の小さなフラスコを手に取った。その中身をきゅっと煽ると、しかめ面から反転し、その顔に至福の表情を見せる。中身はウィスキーだった。源がこよなく愛する物の一つ。それがアルコールだ。

 半ば恍惚としながら、同じポケットから煙草と愛用の形の歪んだオイルライターを取り出す。もう一口フラスコの酒を煽り、煙草に火を点けた。

 

「くはぁ〜」

 

 その口から出てきたのは、紫煙と、加齢臭が漂ってきそうな声。声色こそ女性のそれだが、彼女の行動からするに、『おっさん』という形容するのが最も当てはまる。

 パイロット訓練が終了したばかりであった。訓練所から出て直ぐ、彼女はわざわざ人気のいない場所を探して、こうして酒と煙草を楽しんでいるのだ。

 源がこうしてパイロットという軍籍に就いて、今日で丁度一ヶ月と言った所だった。

 この国での実戦経験は無いが、入国するまでは他国の外人部隊を渡り歩いていた。そういう生活をもう四年以上続けている。故に、多少自惚れていた。 今更訓練程度でへこたれる事は無いと。だが、甘かった。

 砂漠を面にした国である。日中の暑さは半端なものではない。ましてやそんな中で基礎体力の訓練ともなれば、その消耗たるや、想像を絶するものがあった。

 

「随分とへばってたみたいだな、おい」

「すぐに慣れろ、っていうのは酷な話ですよ」

 

 振り向くと、丁度兵士達の状況を視察に来ていたらしい、蓮田屋藤乃とグレイが、座り込んだ源を見下ろしていた。グレイは元より、蓮田屋藤乃も彼女の顔見知りである。一時期グレイと共に働いていた頃、世話になった事が何度かあった。そういう仲だ。

 

「ま、程ほどにやってますよ」

 

 くたびれた声で答えながら、源は紫煙を吐き出し、手にしたフラスコを煽る。二人ともその中身を知っているだけに、苦笑以外に出るものはないようだ。

 

「……何というか、その、程ほどにしておけ」

「分かってますとも。第一、酒でどうにかなる体じゃあないです」

「まぁまぁ、グレイさん。訓練の様子じゃ、結果は出してる事ですし」

「話が分かりますね、蓮田屋さん。そりゃ、仕事となればやりますよ。仕事なら、ね」

「それは暗に、仕事以外でならずっと飲んだくれてるって事か?」

「仕事にしたって、軽くひっかけた方が調子が出ますけどね」

「お給金の大半がお酒と煙草に消えてるってだけあるわ……」

「ダメ女め」

「はっはっは。ダメ女のレッテルは甘んじて受けましょう」

 

 からからと笑う源に、呆れ混じりの溜息を吐くと、グレイは大仰に肩を竦めて見せた。

 

「……いざと言う時は頼むぞ、まったく」

 

 源を見るグレイの目はまるっきりダメな子を見るそれではない。実質彼女の実力を見越しての招聘だ。素行の件についても承知の上の事である。源とて、伊達に外人部隊を渡り歩いていた訳ではないのだ。いつ如何なる場合に於いても崩れぬ自然体は、時に老練な兵士を思わせる事もあった。

 

「いざとなれば、ね」

 

 咥えた煙草の先を見つめながら、源は言う。たなびく煙を追って視線を上げると、西の空が真っ赤に染まって行く様子が見て取れた。

 

「あら、綺麗」

「ですね……」

 

 源の視線につられた蓮田屋とグレイは、目を細めて赤く染まる夕陽を眺めて呟いた。

 意識しなければ意外とお目にかかれないものだ。たまにこうして見ると、胸には何かしらの感慨が浮かぼうと言うもの。ただ、

 

「夕陽を肴に一杯、ってのも、また乙な物ですなぁ。いい具合にニコチンとアルコールが回ります」

「お前にはそれしかないんかいっ」

「ふぎゃっ」

 

 彼女の言葉に風情もぶち壊しであった。

 

         ※

 

 訓練の後の一服を終えた源は、宮殿内にある食堂を訪れていた。目的は夕食であるが、正直な所腹は減っていない。何か軽くつまめる物があればいいと来て見たものの……。

 

「混んでるね、こりゃ」

 

 食堂はほぼ満席。ちらほら見かける空席もあるのだが、新参者の彼女にとって、どうにもそういう間には入りづらい物であった。

 どうしたものかと辺りを見回していると、ふと目に付いた席から、源に向けて手を振っている人物がいる事に気が付いた。よくずれる眼鏡を直し、注視すると、そこにはよく目立つ長身痩躯が。あれは蒼凪羅須多だ。そしてその隣には羅幻国宰相、ルクスの姿が見える。

 

「呼ばれてる、のかな」

 

 おずおずとテーブル席に近づいてみれば、二人とも笑顔で間に空いた席の着座を促した。

 

「まるで借りてきた猫だな、そうかしこまらなくてもよかろう」

「まだ国に来てから間も無いから仕方ないでしょう。さ、どうぞ」

「は、はぁ……」

 

 そうそうたる面子に囲まれ、源はいたたまれぬ空気を感じながら席に着いた。

 この二人とは、以前入国手続きの際に一度顔を合わせたきりである。気さくに話しかけてくる分には不思議は無いが、分からないのは、やけに興味深そうな視線を彼女に送ってきている事だ。例えるなら、何か面白い玩具を見つけた子供のような視線か。

 

「いやー、一度貴女には伺いたい事がありましてね」

「うむ。先ほどもその話で少し、な」

 

 ただの新参者の話題がどこから湧いて出てくるのか? 不思議に思いつつも、源は二人の顔を見比べて答えた。

 

「何ですか? 聞きたい事って」

「……それなのだがな」

 

 若干重苦しい声の響きで、羅須多は源に言う。

 

「君がこの国に来ると決めた時の話についてだ」

「はぁ?」

「ああ、気を悪くしないでください。ちょっとした噂話がありまして、つい」

「噂話って……」

「グレイ殿が君を招聘したというのは周知の事実だ。――――ああ、前置きは止めよう。その、あれだ。一体五分の間に何を話したんだ? グレイ殿と」

「あ、あの事ですか」

 

 招聘の際、源とグレイとの間に交わされた五分の会話。どこから話が漏れたのか定かではないが、一部では語り草になっているそうである。どんな話すれば、五分で? と。

 どうせ隠すほどの事ではないし、実際の所三分も話していなかったから、会話を原文ままで再生させる事も出来る。ただ、面白みはまったくないのだが……。そう考えて、源は溜息を漏らした。

 

「別に、面白い事なんて無いんですけどね……」

 

 そう前置きをして、彼女は例の会話の内容を訥々と話し始めた。

 

      ※

 

「こちらグレイ。聞こえるか、源」

「良好です、グレイさん。随分と唐突ですねぇ、ついでに、お久しぶりです」

「まったくだ。何年か振りになるかな。まぁ、前置きは置いておこう」

「はぁ、何でしょう」

「今、成り行きで羅幻王国で働いていてな」

「へぇ、そりゃまた、ようやく貴方も落ち着きましたか」

「まぁな、で、だ。物は相談なんだが……お前も来ないか?」

羅幻王国に?」

「そうだ」

「いいっすよ」

「そうか、助かる」

「じゃ、また後日」

「あーい」

 

      ※

 

「と、まぁ、大体こんな具合でして」

「「…………」」

 

 さらりと話し終わった彼女に対して、露骨な呆れの表情が向けられた。ルクスと羅須多の物だけではない。話が漏れて聞こえていたのか、程なく近い席にいる人間までもが源に視線を向けていた。

 

「な、何でしょう?」

「ああ……その、何だ。それで全部か?」

「はい、そうですが?」

「何と……五分どころか、一分二分の世界じゃないですか貴女」

「そうですねぇ、どこかで話が大きくなったんでしょうね。何となく五分って区切りが良さそうだし」

「そう言う問題かね」

「どうなんでしょう?」

「…………」

 

 源には向けられる視線の意味が分からない。そのくらいに彼女は天然であった。

 

「グレイさんもですが……貴女も……随分豪快な性格なのですね」

「いやー、そんな豪快なんてもんじゃないですけどねぇ。とりあえずネタが転がってきたから乗って見た。くらいのレベルで」

「「…………」」

 

 源は気づいていない。ルクスの笑みが引きつっている事に。羅須多が白い目で彼女を見ている事に。周りから漏れる「アホだ、あの人」という言葉に。

 

「人生是ネタ也。モットーですんで」

 

 アホである。生粋のアホが、ここにいた。

 

       ※

 

 食堂ではとても食事どころではなかった。一通りの話を終えた後、彼女は結局、向けられる周囲からの視線の多さに妙なプレッシャーを感じ、そそくさとその場から去ってしまっていたのだ。

 そもそも腹が減っていなかったので、食事自体は割とどうでもよかったのだが、今現在彼女が手には、スライスされたサラミやウインナー、炒ったピーナッツ等の包みがある。

 食堂の人に言って適当に見繕ってもらった物だ。既に飲みの態勢に入っている源である。

 

「後は、酒だな」

 

 宮殿の廊下をぽてぽて歩いて、源は貯蔵の酒に思いを馳せる。明日は非番だ。浴びる程飲んでやると心に決めていた。

 体は疲れているものの、足取りは軽い。スキップに近い歩調で廊下を歩いていると、不意に曲がり角から現れた人影が飛び出して来るのが見て取れた。

 ――あ、こりゃ間に合わんね。

 心の中で冷静に呟いて、咄嗟に身構える。小柄とは言え、彼女も立派な兵士である。人一人くらいなら受け止め……

 

「ダイナマイッ!」

「な――――げふぅっ!」

 

 前方に人がいると悟った影は、スピードを緩めるどころか、更に加速して肩口から源へ突っ込んで来たのだ。流石にこれはたまらない。腹部にねじ込まれたタックルの勢いに、源は五メートル程吹き飛んで背中から着地する。手にした包みを守ろうとした為、受身が取れなかった。衝撃に息が止まる。

 

「あっちゃ、急いでたからつい。やー、でも凄いいい角度で入ったわねぇ、これ」

 

 下手人は小柄な女性。彼女は悪びれた様子も無く、倒れ伏した源を見下ろす。

 

「おーい。生きてる?」

「……随分な物言いを……って、あいたたた……陛下でしたか」

「イエス。まさしくその通りよ」

 

 源に強烈な体当たりを食らわせた人物は、何故か源の言葉に誇らしげに胸を張って答える。その言葉通り、彼女こそが羅幻王国の若き王、羅幻雅貴であった。

 

「ほんと急いでて、ごめんね?」

「急ぐのは構いませんが、ダイナマイッ! って……」

「ダイナマイトタックル。即興で作ってみたんだけど」

「……名前通りの威力でしたよ……」

「えへー」

 

 羅幻については、入国時に一度謁見の機会があった程度であるが、周りからの風評でその人となりは重々把握している。どうやら、風評に間違いは無かったらしい。どういう内容かは推して測るべし。

 

「ええと、君、確か……源ちゃん、だったかしら」

 

 腰をさすりながら立ち上がった源に対し、羅幻の遠慮の無い視線が向けられる。

 

「おや、一介の兵士に過ぎぬボクの名を覚えておいでとは。いやはや、恐悦至極」

「あはは。面白い人は一度会ったら忘れないわ。件の話とかは、大笑いさせてもらったし」

「グレイさんとの話ですか」

 

 源が言うと、羅幻は「そうそう」と頷いて思い出し笑いをした。

 妙な所にまで回った物だ。あのバカ話も。

 

「っと……それはさておき。そうねぇ、君なら話が分かりそうかな」

 

 話をしていながらも、ずっとそわそわとしていた羅幻は、まじまじと源の顔を見つめると、不意にそのような事を言った。

 一体何がどういう話が分かるというのか。考えても仕方無さそうなので、とりあえず源は羅幻に話の続きを促す。

 

「ええと、もしかして今取り込み中ですか?」

「有り体に言えばそうね。その上で、君を見込んでの話なんだけど」

「何を見込まれたかはよく分かりませんが、陛下直々の頼みとあらば、何なりと」

 

 そう源が返せば、途端に羅幻の瞳が爛々と輝き始めた。何事と言うのか。

 

「あの、私を明日まで匿ってくれない?」

「はぁ?」

 

 突拍子の無い羅幻の頼みに、思わず源は間抜けな声を漏らした。まず理由を提示してもらいたい所ではあるが、立場的に考えて黙って頷くべきなのか、測りかねる。いや、常識的に考えると、彼女の最初からの行動と言動を考えれば、想像が付くのだ。

 

「やー、皆が食堂に集まってる時間帯狙ってサボタージュとしけ込みたくって」

「成る程ね」

 

 源の読みは大当たりであった。これもまた風評通りの行動であるなぁ、と彼女は合点が行ったと一人頷く。国の重鎮相手にはこれは提案できまい。一介の兵士、まして源のようなチャランポランな人間であればこそ羅幻も頼んだのだろう。

 元より自身がそういう人間だと、源は嫌という程に自覚している。そこを見込まれてはしかたあるまい。ならば彼女が返す言葉は一つだけであった。

 

「いいでしょう。ボクの部屋で良ければ、是非に」

「ほんと? やたっ」

「ただし、一つ条件がございます」

「へ?」

 

 人差し指を上に立て、口の端を吊り上げ、源はにやりと羅幻に笑って見せた。今度は羅幻が間抜けな声を漏らす番だった。

 にやにや笑いを崩さぬまま、源は手で杯を形取り、口元へ持って行く。

 

「こちらは行ける口ですかな?」

 

 飲むのなら一人より二人、二人より三人。多ければ多いほどいい。そう考えての源の提案である。勿論、羅幻が酒を嗜むという事は念頭にあっての行動だ。

 源の言葉に、羅幻は鼻を一つ鳴らし、にやりと笑った。

 

「勿論。ふふっ。我ながらいい人間捕まえられたわ」

 

        ※

 

 翌日、強烈なアルコール臭を纏い、ふらふらになった羅幻が自室にたどり着いた時、ルクスから国王としての振る舞いを延々と説いて聞かされ、二日酔いで痛む頭をもてあましたのは、また別のお話。

 

「うぅぅ……あの子一体どれだけ飲むのよ……」

 
 

グレイ様作『よろず屋出張記〜になし藩戦後復興支援〜』

「えーっと、陛下?」

「どしたの? グレイさん」

「いえ、少しお暇を頂こうかと思いま……」

「えーっ!! ちょっとなんでよ! 今離れられたらこの国はどうするにょ!」

「にょって……いや、そうじゃな……」

「やっぱりあれ? 支給した鶏肉に飽きちゃったっていうの!?」

「だから、そうじゃな……」

「こうなったら支給量を倍にする! グレイさんの好きなハツも追加する!!」

「陛下、ちょっと聞いてくだ……」

「お願い……ぐすん……行かないで……」

「ああああああああああああああっ」

 
 
 

『よろず屋出張記〜になし藩戦後復興支援〜』

 
 
 

 ここは羅幻王国から1000キロ以上離れた西の国……ぶっちゃけわんわん帝國領、になし藩国である。後世に『になし戦役』と呼ばれるであろう戦闘により、国土の半分が消滅したのであった。

 その国のとあるビルの前に一台の大型クロウラーが到着した。

 

「ふう、着いたか」

 

 運転席から下りた人物はそう呟きながらひとつ伸びをする……黒スーツで固めた灰色の髪の男、羅幻王国よろず屋・グレイである。

 

「しかし、良く通れたよな……わかってはいても冷や冷やする」

 

 『共和国側だけど支援がしたい』と復興支援事務局に内密に連絡を取り、送られてきた来た通行許可証。猫耳に被せる犬耳カチューシャまでついて来たのには少し和んだグレイである。

 になし藩国に根源種族が襲いかかり、大ダメージを被ったと聞いた時、彼は心を痛めていた。幼少の頃から各国を転々としていた彼は、奇しくも自然災害の被災者になった経験があったのである……尤も今回は自然ではなく、根源種族ではあったが。

 

『日常生活の基盤が破壊された時の絶望感は、破壊の原因が何であれ同じだからね』

 

 過去に同じ経験を持つ源と交わした会話でも、彼はそう言っていた。そして、国境を越えた支援の募集を耳にして、羅幻王国の有志を募ってここまで来たのであった。

 

「グレイ卿。で、ここからはどうするのだ?」

 

 助手席側から降り立ったのは凄爆嵐――羅幻王国の厨房を取り仕切る総料理長。今回のグレイの呼びかけに真っ先に手を挙げてくれた人物の一人である。

 

「ええ、まずは復興支援事務局に出向きます。人的物資が何よりも足りないそうなので、シェフ殿は炊き出し班行き確定でしょうけどね」

「まあ、妥当な所だな。ある材料でできるだけ美味い物を作るとしよう」

「ええ、お願いします。同じ味が続くってのは結構辛いもんですからね」

「私は何をすればいいのですか?」

「おわ、ヴィス卿、起きたのか」

「私も起きました〜」

 

 後部座席から現れたのは、最近羅幻王国国民となった二人で、名をヴィスと大川倖と言う。

 ヴィスは元々源の友人であり、グレイの五分間交渉で入った源に芋づる式で引っ張られてきた被害者である。倖は比月コウの友人で、こちらは至極真っ当なお誘いで国民となったのである。二人とも、嵐同様真っ先に手を挙げてくれた。後に理由を聞いてみると、自分達は新参者なので、出来ることなら率先して手伝いたいから、との事であった。

 

「うん、まあ、ちょっと待ってて。とりあえずは挨拶して来るから」

 
 
 

          §          §          §

 
 
 

「復興支援?」

「はい。どうしても放っておけなくて……」

 宥め賺してやっと落ち着いて聞く体勢になった羅幻に、グレイは本題を切り出していった。

 

「聞けば、共和国側からも幾つかの国が名乗りを上げている様子……で、出来れば私も行かせて貰いたい、と」

「それがさっきの『お暇』なわけね」

「ええ、勿論目処が立ったら直ぐに帰って参ります。それと、凄爆嵐卿、ヴィス卿、大川倖卿の三人が同行を申し出てくれたんですが、これも併せて許可を頂きたく……」

「ふむ……」

 

 羅幻が口をとがらせて何か考えている。

 

「有事の際は迅速に帰って参りますから……お願いします!」

「あ、別に支援に行くのは問題ないのよ? 私も気になってたし」

「じゃあ……」

「うん、四人が抜けても大丈夫か考えてただけだから。ま、大丈夫でしょ。グレイさんの事だから、抜かりはないだろうし」

「ええ、私が不在の間の人材は確保してますっ」

「うん、行ってらっしゃい。私も王様じゃなかったら行きたかったけどね」

「あ……」

 

 羅幻の表情が少し曇り気味な理由を少しかいま見たグレイであった。玉座について以降、お忍びで出かけたりはしょっちゅうな彼女だが、やはり自由に動けないのがストレスとなっているのであろう。

 

「……今度、ちょっとどっか行きましょうか? 向こう側に、いい鶏肉があるんですよ」

「……うんっ♪」

 
 
 

          §          §          §

 
 
 

「というわけで、やっぱりシェフ殿は炊き出し班ですね。ヴィス卿は被害住民の名簿作成に若月さんて方があたってるそうだから、そちらに。積んである機材は自由に使ってくれ」

「わかった。任せるが良い」

「わかりました」

 

 シェフはその名の通り。ヴィスは優秀なシステムエンジニアであるので、事務系の仕事には持ってこいの人材――戦後復興のまっただ中では情報やデータの収集管理は必要不可欠であり、彼女の選別による機材も持参していたのである。そして……

 

「私は?」

「倖ちゃんは俺と一緒に土木復興の方だね。重機の運転をお願いするけど……取り扱い方は大丈夫?」

「はいっ! どんな乗り物だって乗りこなせます!!」

「うん、頼もしいな。よろしく頼むよ。それじゃ……」

 

 と、グレイが続きを言おうとしたら、なにやらでかいエンジン音が近づいてきた。

 

「お、早い。流石だな」

 

 資材運搬トラックと重機を積んだトラック、ダンプなど10数台――先頭のトラックの窓が開いて、彼等の見知った顔が現れる。

 

「グレイさん! 持って来たで! 出前迅速や!」

「おお、針千本卿」

「お疲れ様です。もう搬入場所は聞いてきてますので、この通りにお願いします」

 

 グレイが手にしていた書類を針千本に渡す。それを見た針千本はにやりと口を歪める。

 

「おう! 泥船に乗った気持ちでおったらええで?」

「ヴィスさん、うちの国の関西弁使いって、泥船がデフォルトなんですか?」

「……どうだろう」

 

 ヴィスと倖が首を傾げる。羅幻王国で関西弁を使う人間は針千本と、にゃんにゃん銀行羅幻王国本店頭取くらいのものだが。

 

「よし。じゃあ、始めるとしましょうか」

 

 グレイは指を鳴らしながら、集まってくれたみんなと共に、現場へと向かうのであった。

 
 
 

参考文献:南天@後ほねっこ男爵領様作SS http://minamitenka.at.webry.info/200703/article_1.html

     九頭竜川@愛鳴藩国様作SS http://namelessworld.natsu.gs/sakura/wannyanBBS/wforum.cgi?no=122&reno=112&oya=112&mode=msgview&page=0

 

 

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Last-modified: 2017-06-19 (月) 21:10:00 (2594d)