イベントなどで提出するSS等の文章類を掲示しております。
http://blog.tendice.jp/200701/article_21.html
資金変化(-2億=合計金額申告なし)
技による燃料変化 -0万トン=合計保有量申告なし
○参加冒険:19:帰ってきたゲート探し
○茉乃瀬桔梗:5000:西国人+猫士+歩兵
○岩元 宗 :4000:西国人+猫士+歩兵
○冒険結果:大成功:得たお宝:お金2億:ユニークな結果:なし
コメント:ゲート探しが銀行強盗に?
羅幻王国文族、四条あやが記します。
手のひらに乗るサイズの探知機をその建物に向けると、探知機に備え付けられたスピーカーから甲高い音が鳴り響いた。
羅幻王国宮廷付第三特殊工房の技師が作り上げた一品である。世界に存在するある種の特異点――つまるところの『ゲート』の存在を知るための器具だ。使用されている技術に関しては色々と機密事項が多いらしく、詳細なスペックこそ発表されていないものの、その信頼性にはある程度の実績がある。
「しかし」
ぴーぴー煩い探知機を待機状態へと変更し腰のポーチに突っ込んで、岩元宗は途方に暮れた。都市迷彩を施した衣装であり、背中には小規模バックパックを背負っている。腕を組むと、肩からスリングで提げた携行機関銃が小さく揺れた。
「ココ、どう見ても学校なんだよなー」
岩元の眼前にはサッカー場ほどのグラウンドが広がっており、その向こう側にはずんぐりとした影が蹲っている。既に日も暮れて久しい時間なので、この距離ではその影の詳細は分からない――普通なら。岩元は携行する灯りの類を持っていないし、 人家からも離れた場所なので、周囲には光源になりうるものもない。夜空も、今日は生憎の空模様である。
しかし今回岩元が使用しているアイドレスは猫の要素も含んでいるので、その目には暗闇に蹲る建物の姿がはっきりと見て取れた。直線で構成された、味気ない建物だ。
つい、と顔を横手に向ければ、其処にはモニュメントじみた看板が堂々と立っている。『羅幻王国第13初等学校』との文字が見えた。
全部で17ほど存在する初等学校の、その一つであり、それだけのものでしかない。
どう考えても『ゲート』が存在するには役者が不足しているような舞台なのだが、探知機の誤作動という訳でも無いだろう。
尤も、『ゲート』は理論的にはありとあらゆる場所に存在しうるので、この場所に『ゲート』が存在すること自体はなんら問題が無いのだが、
「……なんだかなー」
羅幻王国藩王、羅幻雅貴伯爵夫人に『ゲート』探しを命じられたとき、果て、次はどんな戦場か――と気構えた岩元としては、肩透かしもいい所だった。
腕を組んで立ち尽くしたまま、はぁ、と岩元はため息をつく。
家族サービスに苦悩する父親のような雰囲気の岩元に、能天気な声が掛かった。
「なにやってるんですかー。早く行きましょうよー」
声の主は、岩元の数歩前、グランドの直ぐ手前に立つ一人の兵士だ。
尤も、兵士とは言っても中身は茉乃瀬桔梗という、岩元と出身世界を同じとする人間である。今回の任務、『ゲート』探しのパートナーだ。
岩元と同じ猫兵士のアイドレスを使用している茉乃瀬は、両手に持った携行機関銃をぶんぶんと上下に振り回しながらこちらを見ている。
……頭が痛い。岩元はこめかみを押さえた。
「とりあえず銃を振るな。危ないだろうが」
「大丈夫ですよ。セーフティ掛かってますし」
「そういう問題じゃないだろうが。トリガーハッピーもいい加減にしとけ」
「む。酷いですね。誰がですか、誰が」
「ほほぅ? なら聞いておくが、そのライフル、どう見ても俺の奴と違うんだが……何処で調達したんだ、ソレ」
「やだなぁ、調達なんてしてませんよ。作っただけです」
「……訂正。オマエ、トリガーハッピーじゃなくてトリガーマッドだ」
「うわ酷い。そんなこと言うと貸してあげませんよこれ」
「誰が要るかそんなモン」
言葉と一緒にため息を吐くが、だからといって何かが変わる訳では無さそうだ。
むぅ、と不満げな茉乃瀬を意識の中から追いやって、岩元は覚悟を決める。どうにも締まらないが、『ゲート』を探すという任務が重要なものであることに変わりは無い。
「さて」
呟いて、岩元は茉乃瀬の隣に並んだ。
「行くぞ。覚悟はいいか?」
「何を今更」
にやりと笑った茉乃瀬の笑みは、何処か底が知れなかった。
岩元は似たような笑みを浮かべる。上等。胸の中でだけそう呟いて、岩元は茉乃瀬と共に学校のグラウンドに足を踏み入れて、その瞬間。
何かが、ぐにゃりと波打った。
「――」
一瞬、気が遠くなる。接続寸断。再接続。意識体障害観測――除去完了。アイドレス再起動。1ナノ秒に満たぬ間に交わされる幾つものメッセージ。それらは意識する間も無く消え、浮かび、更新され、否定される。意識アルゴリズムへの外部からの干渉、自然法則に拠るたわみ。意識時間を遡行することで問題を排除。起動確認。我思う故に我此処に在り。
――そんな、走馬灯にすら似た夢を見て、意識が戻ったとき。
世界は、大きく歪んでいた。
「――」
驚きは、声にすらならない。
夜空と大地の割合が狂っている。直線ばかりで構成されていたはずの校舎は非ユークリッド的な歪みを孕み、大地は生きているかのように波打っている。手が届きそうな場所に星が見え、見下ろした自分の足は遥か97パーセクの彼方にあった。常識が犯され定理は翻り定義が霧散した、何もかもがハチャメチャな、悪夢のような世界が広がっていた。
と。
「わきゃー!?」
岩元より若干送れてアイドレスに再接続したらしい茉乃瀬が、ある意味場違いな悲鳴を上げた。成程、この光景は十分に悲鳴を上げるに値するものではあるが、逆に、この光景を目の当たりにして悲鳴を上げる余裕があるあたり、茉乃瀬はひょっとして大物なのかもしれない。
「なに、なにコレー!? 敵ー!? 敵なのねー!? わきゃー!!」
「あ、馬鹿何して」
やがる、と岩元がとっさに声を掛けるより早く。
茉乃瀬は無駄に洗練された動作で携行機関銃――或いはそんな風に見える何か――を構え、トリガーを引いた。
ぱらら、と妙に乾いた軽い音が響き、銃口から発砲炎が断続的に洩れ、しかし、それで終わらなかった。
「うきょー!?」
悲鳴なのか歓声なのか分からぬ奇声を上げ、茉乃瀬は更にトリガーを絞る。銃身に後付されたらしいレンズからなんかビームみたいなものが飛び出し、挙句、何処からともなく全長3センチほどの小型ミサイルが山のように撃ち出された。勿論、岩元の持つ普通の銃には、こんな愉快な機能は着いていない。着ける気も無い。
「……うわぁ、馬鹿だコイツ……」
唖然とする岩元の台詞を尻目に、射出された冗談みたいな種々の弾丸は、それでも狙いだけは正確だったらしく、闇の中で塔の用に蹲る校舎へと着弾する。
カラフルという、爆炎に対する形容詞としてはあまりに不釣合いな言葉でしか表現できない炎を伴う爆発が起こり、そして。
再び、世界が歪んだ。
1ピコ秒の意識断絶の後、岩元の意識は正常にアイドレスへと復帰した。
瞬間的に、岩元は銃を構えあたりを見回した。世界は歪みを解消し、見慣れたユークリッド幾何学で構築されたものへと変異している。
問題があるとすれば、唯一つ。
「……此処は」
何処だ、という言葉を岩元は噛み殺した。
自分たちは屋外に――初等学校のグラウンドに居た筈である。あの悪夢めいた空間は、何かの原因で作動してしまった『ゲート』の影響と考えれば、それ自体は理解できなくも無い。ただ、そうであるのなら、いま自分が居るこの場所は――果たして、何処なのだろうか。
一見して分かるのは、此処が室内であるということだけである。奥に長い、長方形の部屋だ。天井はさほど高くないが、自然発光素材を利用しているらしく、仄かに白い光を洩らしている。部屋の奥に向かうように金属製の棚が無数に設えられており、それらはくすんだ灰色をしていた。そして棚には幾つもの扉があり、成程、それは棚というよりロッカーであるようだった。それぞれの扉には2つの鍵穴が見え、その横には各ロッカーのナンバーを記したらしいプレートが伺える。
岩元は注意深く手近な棚へと歩み寄り、詳細を知ろうとして、
「え」
と、小さな声を上げた。ロッカーナンバーが記されたプレートの端に、見覚えのある文字が見えたからだ。
『にゃんにゃん銀行羅幻王国本店 第三貸金庫室』
文字の後ろには、印鑑代わりかどうなのか、肉球のマークがプリントされていた。
岩元は身体の力が抜けるのを感じた。その場に座り込んでしまいたい欲望を、どうにか堪えて押さえ込む。
「……つまり」
帰ったら頭痛薬でも飲もうかなー、とか思いながら、岩元は静かに呟いた。 主に自分を納得させるために。
「初等学校の『ゲート』が、ココに繋がってたってコトか?」
それしかないだろう。『ゲート』のあった場所が場所なら、移動距離も移動距離だ。直線で見て十キロも離れていないことになる。幾ら『ゲート』とはいえ、これでは抜け道とか裏道とか、そういった類のものでしかない。
「……ま、ほっとくのも問題か。泥棒さんなら大喜びで使うだろうし」
作動した『ゲート』が可逆式か否かまでは分からないが、そうだとしたら誰でも銀行の貸金庫室に入りたい放題になってしまう。何らかの対策を施す必要があるだろう。
そう言う意味では、調査は無駄ではなかったのだが。
「とりあえず、これで任務終了、と」
何事とも無く終わってよかった、と思いながら岩元は呟いて――唐突に、何かを忘れていることに気がついた。
恐る恐る、背後を振り向く。
自分が出現した場所の、直ぐ傍――数歩と離れていない所で、銃を構えたままぴくりとも動かない茉乃瀬の姿があった。
「――うわ」
すげぇ嫌な予感。
茉乃瀬は転移前、つまり歪んだ世界のグラウンドで銃を乱射した姿勢のままだ。トリガーにしっかりと指を掛け、しかし少しも動く気配は無く――いや、よく見れば、その身体は何かを堪えるかのように小さく震えている。その在り様は、なんと言 うか、ニトログリセリンという単語を連想させた。
岩元はこめかみを伝った冷や汗を感じながら、思わず一歩後ずさる。バックパックがロッカーに当たるが、素材の関係で大した音は立たなかった。
刺激せずに済んだか、と岩元はほっと一息をつき――かちゃん、と肩から提げた機関銃のストックがロッカーに当たり、硬い音を立てた。
そして、その音は――やはり刺激だったらしい。
「――っ!!」
顔を上げた茉乃瀬は涙を浮かべた目で歯を食いしばると、唐突にトリガーを振り絞った。
「何処っ!? ここ何処っ!? うきゃーっ!!!」
「お、落ち着け! いいから落ち着、うわぁっ!?」
何故か茉乃瀬の機関銃から発射された小型ミサイルが直ぐ傍に着弾し、爆風で吹っ飛ばされる岩元。
「うきゃーっ!! わきゃーっ!!」
奇声を上げながら茉乃瀬は銃を乱射する。色鮮やかなビームがぐにょんと曲がりながらロッカーを貫通し、シャープペンのような小型ミサイルが豪雨のようにロッカーに着弾し、なぎ倒す。其処に再びミサイルが着弾し、何故か、にゃおーん、という爆音が聞こえた。
最早呆然と成り行きを見るしかない岩元の耳に、びー、と高い音が聞こえた。警報だ。続いて一瞬のノイズの後、天井の隅に備え付けられていたスピーカーから声が流れてくる。
<だ、第三貸金庫室に侵入者! 警備員は直ちに急行せよーっ!! くりかえ>
「わきゃぁ――っ!!」
赤いビームがスピーカーを破壊した。
「……」
岩元は何も言わず立ち上がると、服についた埃と煤を叩いて落とし、はぁ、と息をついた。飛び交うビームと弾丸とミサイルを器用に避けながら、狂ってるのか調子に乗ってるのか最早分からない茉乃瀬へと近づく。
そして、躊躇うことなく。
「てりゃ」
「ぐえ」
首筋に打ち込んだ手刀の一発で、茉乃瀬はぐたりとその場に倒れこんだ。
岩元は疲れた顔で茉乃瀬の身体を担ぎ上げ、その足に茉乃瀬が使っていた機関銃のような何かのストリングを引っ掛ける。
ぷらん、と揺れた銃身は、なぜだか岩元に申し訳無さそうにしているように見えた。
脇に見える扉の向こう側から、何かが駆け寄ってくるような音が聞こえる。ため息をつき、岩元は改めて部屋の中を見渡した。焼け焦げた壁、拉げたロッカー、所々崩れている天井。どんな言い訳も通用しそうに無かった。
「仕方ない。逃げるか」
きりきりと痛む胃を抑えながら岩元は呟き、いまや廃墟同然となった貸金庫室を後にして、警備員からの逃亡を開始した。
なお、後日。
任務の報告に羅幻雅貴の下を訪れた岩元が、沈痛そうに事の次第を告げると、若い伯爵夫人はけらけらと笑い、
「にゃはは、おつかれさまー」
とだけ答えたらしい。
その反応に、ひょっとしてコイツ全部分かってて俺らに調査を命じたんじゃねーだろうな、と岩元が思ったかどうかは、定かではない。
http://blog.tendice.jp/200701/article_25.html
資金変化(-4億=合計金額7億)
技による燃料変化 -4万トン=合計保有ハ11万t
○参加冒険:47:失われた探偵
○四方無畏:9000:西国人+吏族+整備士
○比月コウ:8300:西国人+猫士+歩兵
○シノブ :4500:西国人+パイロット+整備士
○ぱんくす:5000:西国人+パイロット+整備士
○冒険結果: 大成功 :得たお宝: E 29 燃料14万t:ユニークな結果:なし
コメント:どうも日向は誰かに救出されたようです。
羅幻王国文族、四条あやが記します。
晴れ渡った空、悠然と輝く太陽。穏やかに波打つ青い海。
羅幻王国沿岸30海里程の地点で、四方無畏らを筆頭とする一段は途方に暮れていた。
「……なんも見当たらねー」
多目的用小型船のブリッジ――と言うより、操縦席である。外見はほぼ個人消費者向けの家庭用クルーザーと変わらないため、操縦席にも目立った違いは無い。何処までも続く水平線と、それと混じるような青空を交互に眺め、四方はため息をつく。レーダーに視線を落とすが、目立った影は無い。ソナーも然りだ。いや、ソナーの結果を示すディスプレイには黒々とした影が船を取り囲むように写ってはいるが、それは危険なものではない。ただの魚群だ。
その証拠に、
「あはっ、また釣れたぁ!」
「こっちもだ」
船のデッキでは、暇を持て余した比月コウとぱんくすが、何時の間に持ち込んだのか、自前の竿を使って海釣りに勤しんでいた。
四方が目を向けると、デッキの上で大振りの鰯が二匹ばかり跳ね回っていた。吊り上げた二人がそれぞれの釣果を生簀に放り込むが、生簀の中もそろそろ一杯だろう。
ううむ、と四方は唸った。
「釣りをしに来たんじゃねーんだがなぁ」
そもそも今回の目的は、海洋から発信されたと思しき救助信号の捜査――可能によっては救助である。ごく短時間、特定の周波数で発信されたその報告を耳にしたとき、羅幻雅貴伯爵夫人は四方たちにその捜査を命じた。何故一般の国民ではなく自分たちなのか、という理由は問うてはいないが、はちゃめちゃながらもなんだかんだで思慮深い藩王のことである。きっと、何かしらの理由があるのだろう。
しかし、こうも何も無く、本当に釣りしかやることが無いという状況に置かれると、これはひょっとして遠まわしな休暇なのだろうか、などと思ってしまう。
難しい顔をしてソナー画面を見つめる四方。その背中に、軽い調子の声が届いた。
「ま、仕方ないんじゃないですかね」
声の主は、四方の後方――船の後部デッキにチェアを広げ、寝転びながら文庫本を読んでいたシノブのものだ。彼はチェアに身を横たえたまま、視線さえこちらに向けることは無く言葉を続ける。
「報告のあった地点はこの辺りなんでしょう? そもそもこの辺は格好の漁場ですし――そうでなくとも潮の流れが速いんです。そこらの船なら一時間もしないうちに2海里は流されますよ」
「そりゃそうだがなぁ。いい加減手持ち無沙汰じゃないか?」
「別に。読書してますから」
「……ちなみになんだその本。小説か?」
「いえ、ポケット野鳥図鑑フルカラー版です。読みますか?」
「何が悲しゅうて海で野鳥の図鑑を読まにゃならんのだ……」
「いやそこはそれ、これで中々な雅なものが――」
言いかけて。
シノブは、弾かれたように身体を起こした。目を細め、海上を注視する。
「シノブ?」
「四方、ソナーに影は?」
緊張したようなシノブの声。四方は何かがあったと理解し、是非を問うのを中止してソナー結果を表示する小さな画面を覗き込んだ。
「代わりは無い。魚しか写らねぇ」
「――魚影を排除して、超高周波で七時方向に三回ピンを。シャロー、ディープ、ミドルの順で」
「分かった」
答えるのとほぼ同時、四方は指示された動作を組み込んだスクリプトを作動させた。ぃ、というハウリングにも似た音が一瞬聞こえ、画面から魚群の影が消える。居なくなったのではなく、その存在を表示結果から取り除かせたのだ。
三度のピン打ちの結果、一挙にクリアになった画面に写っていたのは、
「――ッ!! 未確認機影三! 距離500m!! なんだこのサイズは!? 水中用ウォードレス!?」
あまりに小さな影ではあるが、見逃すには特徴的すぎる動き。何かを探しているかのように深いところを――ほぼ海底を、うろうろと動き回っている。
シノブが声を張り上げた。
「コウ! ぱんくす! 出番だぞ!!」
「りょーかいっ」
「……待ってました」
にやり、と笑みを浮かべて二人のパイロットは竿をデッキに投げ出した。それぞれデッキの両舷に向かい、其処に括られた小型潜水艇『ファルフェ』に乗り込む。
「――準備完了。何時でも行けるよ」
「こちらもだ」
聞こえたのは肉声ではなく、ファルフェ内部に取り付けられた通信機を介したものだ。
四方はファルフェを船から切り離すためのボタンを押そうとし、
「……?」
僅かな違和感に、その指を止めた。
「どうしました?」
「……ちょっと見てくれ、シノブ」
ソナーの画面から目を離さず、四方はシノブに呼びかけた。
首を傾げたシノブは断ってソナー画面を覗き込み、おそらくはいま四方がしているように、眉を顰めた。
「これは……」
「撤退している……のか?」
画面に映った三つの機影。先ほどまで船から500mほどの近距離に居た筈のそれらは、いまや1kmほどの距離をとり、更に遠ざかる方向へと動いていた。加えて言うのなら、この近距離で通常のパッシヴソナーに引っかからなかったのは、そのサイズもさることながら、静穏動作を心がけていたからである筈なのに――いまやそれら機影は、超高周波でなくとも引っ掛けることが可能なほどに音を立てて遠ざかっている。
戦闘行動では無いのは確かだが――何故、こんなにあっさりと逃げを打つのだろうか。
考えているうちに機影はますます遠ざかり――やがて、ソナーの限界探査距離を外れてロストした。
「どうします?」
「……見なかったことにするわけにも行かないだろう。コウ、ぱんくす、調査を頼む。奴らが何をしていたのかだけでも知っておきたい」 「ヤー」
「了解」
四方は頷き、ランチング解除のボタンを押した。がくん、と船が大きく揺れ――何せ二つで500kg近い荷物を切り離したのだ――二つの水しぶきが上がる。
ソナーには新たに2つの影が映し出された。言うまでも無く、コウとぱんくすが乗り込んだファルフェだ。
……こうしてみると、先ほどの機影がどれほど小さかったのかが良く分かる。小型の単座式であるファルフェでさえ、先の機影の三倍程の大きさがあるのだ。
二つの機影はお互いに死角をカバーしあうように動きながら、未確認機の存在が確認された地点へと進む。ややあって、コウから通信が届いた。
「聞こえる、ブリッジ? 私。なんだか……変なものがあるよ。映像をそっちに送るね」
「了解。……ああ、来た来た。これ……か?」
操縦席の脇にある小さな画面に映し出されたのは、暗い水底に沈む、ファルフェのライトに照らされた何かの破片だった。
ライトが浮かび上がらせる形から想像するに、その本来の姿は、
「船……それとも潜水艇か?」
「分かんないけど、どっちかだと思う。結構な広さに散逸しているよ……こりゃ一人や二人じゃサルベージは無理かな」
「引き揚げるのか?」
「その方がいいだろう。詳しく調べる必要がある……輸送船か? いくらか積荷も残っていそうだ」
「……了解。いま本国に調査チームの派遣を要請する。暫くそのまま警備についてくれ」
「了解」
「ヤー」
通信を切った四方はそのまま本国の通信所に連絡を取り、至急、調査チームを派遣することを要請した。
「――四方。アレ」
「ん?」
シノブの示す方向に視線を向ける四方。その先には、波間に揺れる黒い帽子があった。
「……何があったんでしょうね」
「さてな」
難しい顔をするシノブに、四方は軽く答えた。
「戦わずに撤退したってコトは、ここでの仕事は終わってたってコトだろう。けどまだここに居たってコトは、何かを探していたか、待っていたってコトだろうが……まあ、考えても分からん。情報が少なすぎる」
「それはそうですが」
「……ま、一ついえるのは、俺たちは遅かったってコトだろう。どっちにせよ、な」
「――」
何かを考え込むシノブを残し、四方は操縦席を出てデッキに立った。
容赦ない日の光を存分に浴びながら、身体を伸ばす。
仰いだ頭上には、何処までも青い空が広がっていた。
http://blog.tendice.jp/200701/article_32.html
○参加冒険:2:伝説のケーキ作り
○四条あや:2500:西国人+猫士+歩兵
○蒼凪 羅須侘:1000:西国人+猫士+歩兵
○冒険結果:成功:得たお宝:C11娯楽2万t:ユニークな結果:なし
コメント:鼠一杯のおいしそうなケーキです。中でちゅーちゅー声がします……
○参加冒険:28:男だけのソックスハント
○寛:1000:西国人+吏族+整備士
○絢人:1100:西国人+吏族+整備士
○冒険結果: 完全失敗:得たお宝:デスペナルティ(なし):ユニークな結果:なし
コメント:風紀委員に捕まって改造されました。これから3日は”はいそうです”しか言えません。
サブイベント2:伝説のケーキ作りSS
羅幻王国文族・四条 あやと羅幻雅貴が共同で記します。
羅幻伯爵夫人は暇だった。
部下が優秀過ぎるんで、王様は暇過ぎるのだ。
この人、暇にすると大変な事をする。
何をするかと言うと、具体的に言えば脱走などとほざきつつ街へと遊びに行き、挙げ句そこで何かを見出すとろくでもない事を考えついて街一つを混乱に陥れたりする。
しかもけらけら笑いながら。
ここにかちゅーしゃ前摂政まで乗っかると、騒ぎが二乗になる。
……責任感という言葉は確かにあるはずなんだが、この人にとってはどうだって良い事なのかもしれない。
今日の羅幻国女王様は、暇だった。
ハンコを高速連打で押すべき書類もなく、程良く仕事も無い日。
「……ひぃまあ〜!!!」
そう言って玉座で、じたばた暴れて叫ぶ姿に、女王の威厳なんぞ全然無い。欠片も無い。というか、王女の頃からこの人、根本的に変わってないのかもしれない。
ま、それでも国は優秀な宰相達が居るからこそ、ちゃんと機能している訳だが。
「暇−暇ーひまぁあ!」
「暇暇言うんだったら何かしたらどうなのヨ、おうさま?」
五月蝿い女王に呆れたように言い、マニキュアを塗るかちゅーしゃ前摂政。 そんなかちゅーしゃにぶーたれながら口を開く。
「だって、暇なのは暇」
「あらそう……なら、アタシの好物調達してくれない?」
「えーと……ネズミケーキ?」
「そうヨ。スーナーネズミのケーキ。うふふふふふ」
不気味に笑うかちゅーしゃを睨みつけつつ、女王がにやりと笑った。周囲100kmに何らかの被害、もとい巻き添えを産みそうな笑みだった。
まあ、それだけならまだいい。国民も部下も、きっと慣れている。不条理にも。
だがより恐ろしいのは、傍に居るかちゅーしゃ前摂政が『うふふ』と笑っていることである。この二つが同時に発生した場合、その被害は軽く相乗を超える。
にこにこと可愛らしい笑顔で傍らの人事帳を開く女王。とん、とん、とん、と顔写真を順繰り指で突いていくと、とある二人の所で指が止まった。
「きーめたっ♪」
……で、その数時間後。
偉大なる女王様の笑顔という名の無言の圧力により、街道をほてほて歩く者達が居た。
「どうして僕がこんな事を……というかあの女王、自分でやりゃいいのに」
「ネズミケーキにはスーナーネズミ3匹ないと材料にならないんだから、しょうがないだろが。第一女王にほいほい動かれても心労増やすだけだろう?」
「心労って言ったって僕に関係あると思う? 軍師殿が胃を荒らすくらいじゃん」
深いため息と共に毒を吐きながら青い空を見上げる、四条あや。なお、本来の仕事は文士である。
じゃあなんでこんなところにいるかというと『籠りっぱなしじゃ駄目でしょー、運動してらっしゃーい』という配慮のせいである。
で、そのサポートというか、護衛役というか、作戦遂行役に蒼凪羅須侘が選ばれたというのである。
ここらへん、ぬかりがない。
「スーナーネズミかー。ステーキにしても美味なんだよねえ……一匹かっさらちゃおうかな」
羅幻王国の街道付近の砂漠に住む、スーナーネズミ。 ネズミ料理の材料としても、美味である。 それは、普通のネズミではない。
普通のネズミなら、アイドレスなんぞ出さなくても捕まえられるもんである。 じゃあ、どういうものか。
ようするに、普通のネズミの3倍、でっかいんである。
加えて言うと、性格は普段は温厚ながら、テリトリーや危害を加える者には恐ろしく凶暴化するという特徴を持つ。流石は羅幻王国のネズミ殿、という奴である。
一応、専門のハンターもいる事にはいるのだが、今回たまたま暇をしてた二人に白羽の矢が立った。
ある意味不幸である。
「何だ?」
「どうしたの、僕の護衛きっちりやってくれるんじゃないの?」
「そう言ってられるか。あそこ」
「砂の下に、何かいる……? って、接近して来るよあれ?!」
「やかましい、急いで構えろ!」
砂の中に居る何かは、その周囲の砂をぼこりと盛り上がらせ蛇行しながらこちらへと近づいてくる。構えを取る二人。
姿の見えぬ何かが街道の直ぐ傍まで近寄ると、何かが崩れるような音と共に砂が水柱のように高く上がり、その下から何かが姿を現した。
姿はネズミだが、その大きさは通常のものの3倍ほど。勿論、スーナーネズミである――のだが、どうにも様子がおかしい。
眉を顰める二人。と、
「あーまった、そこのアイドレスのお二人」
「ネ、ネズミがしゃべったあ?!」
「ネズミじゃないわい。わしゃスーナーネズミ牧場の行商人じゃ」
「は、はあ?」
「アンタら王様に言われて来たんじゃろ?」
「あ、とりあえずネズミケーキを作れ、とは言われてるんだけど……」
「じゃあとっとと作りにいくぞい。向こうのオアシスにある」
そして首根っこ引っつかまれた二人は、そのままずるずると自称行商人に引き摺られていった。その姿のまま、数キロほど。
たどり着いたオアシスには、冷たそうな水を湛える泉の傍に小さな家が一軒見えた。ぐたりとその場に倒れこむ――理由はどちらかというと精神的なものだが――二人を尻目に、スーナーネズミ牧場の主はいまにも踊りだしそうな威勢のよさで家の中へと入っていった。
しばらくして家の中から出てきた主の手には、使い古した感のある書物が握られていた。 どうやらレシピらしく、主はけらけら笑いながらそれを四条に渡すと、『まあがんばんなぁ、材料と調理用具は奥じゃ』と言って、自分はさっさと家の中へ戻っていった。
このまま呆然としていても仕方ない。仕方なしに二人が家の中へ入り示された奥へと進むと、調理場らしきそこには種々の器具とエプロンが二着、用意されていた。
ただし、何故かエプロンは簡素な普通のものと、妙にふりふりしたロリータ調の二つである。
「こ、これを身につけろと……?」
「……僕、普通なのがいいんだけどなあ。でもふりふりは君、似合いそうにないね」
「俺だって願い下げだ。髭の親父にふりふり着せて何が楽しい」
「ともかく二つしかないんだ、着なきゃ話はじまんないだろ」
そうぶつぶつ言いながらナチュラルに普通のをさっさと着る四条と、選択肢がなくなってどうしょうもなくなってふりふりエプロンを着る羅須侘、端から見るとまだふりふりが白いだけマシではあるが、視覚的暴力はかなりのモノである。
これでピンクであったらもうどうしようもないほど視覚的暴力度がアップしただろうが、まあ今の状況でうだうだ言ってられない。
こっそり裏側で涙を拭いている羅須侘を無視して、四条はさっさとレシピのページを捲っていく。
「えーと、まずスーナーネズミを酔わせて、香りつけをして、で、ええとケーキにぶっこむ…と。どーせスーナネズミ酔わすのに時間掛かるだろから、とりあえずケーキを焼くか」
「その前にまずネズミどうにかせにゃならんだろ」
「ああ、アレね。腕力で四匹追い込んでからでいいでしょ。で、ブランデーでもかませばいいんじゃない? ネズミケーキだから」
そう言いながらも材料の確認を進める四条。羅須侘はそんな相方を見ながら『さて、俺はどうしたもんか』と周囲を見渡し、手近に転がっていた小さな酒樽に手を伸ばした。持ち上げようとして、む、と声を洩らす。思ったよりも――というかサイズから考えると異常に、みしりと重い。しこたま飲ませろ、というのがどういう意味か、なんとなく想像できそうだった。
「とりあえず、とっつかまえるか」
「そうだね、材料逃げたら困るし。確かここ牧場だっけ? それなら人間に慣れてるだろうし、こっそり一発二発殴って気絶させて、酒しこたま呑ませたらどうだい?」
「……お前、意外と黒いなぁ……」
「この程度普通だよ、普通。あ、殺しちゃ駄目だから、ちゃんと手加減しなよ。僕はここでケーキを作る」
にこやかに言いながらさっさとケーキ作りの準備を始める四条。どうやら本気で手伝うつもりは無いらしい。はぁ、と羅須侘はため息をついて厩舎に向かった。諦めが良いのは羅幻王国国民の長所である――多分。
足を踏み入れた厩舎では、一抱えはありそうなスーナーネズミが身体を寄せ合いながら小さく鳴いていた。
なるべく気の弱そうな奴を探そうと羅須侘はネズミたちを見回すが、ネズミたちの赤い瞳が全て自分に向けられていることに気づきその顔を引きつらせた。
「う、うは、うはっはははは、こ、これを俺一人でどうにかしろってか……」
引きつった声で笑いながら後ずさるが、背中には、鉄とコンクリートで作られた壁。
そしてきっかり1分後。
厩舎からは、「ぎにゃーーーーー!!!!!!」と言う悲鳴が、周囲10kmにまで轟いた。
……合掌。
しかし、そんな事などお構いなしで厨房でのケーキ作りは順調に続いていた。この場合助けろよという突っ込みが入ってもおかしくないだろうが、分担した仕事はきっちりとやるのが、羅幻王国に住まう者達の特徴でもある。
さて、悲鳴が轟いてから30分。ケーキの焼ける甘い匂いが漂う中、身体中に引っ掻き傷やかじられた傷でボロボロになった羅須侘が、4つのずた袋を引き摺って厨房へと入って来た。
「お、御苦労様。で、ネズミは?」
「……ネズミは4匹。やっと捕まえたぞ……酷い目にあった」
「じゃあ、酒呑ませてくんないかな? もうすぐこっち上がるから」
「……手伝え」
「僕デコレーションあるんでね、手が空いてない」
てきぱき手を動かしながらも、きっぱりはっきり協力を断る四条に、がっくりと首を垂れて深いため息をつく羅須侘。しょうがないので、ずた袋の紐を引いてふらふらになっているネズミを引っ張り出すと、持ってきた酒樽から口へ直接注ぎ込む。
「うわあ……急性アルコール中毒まっしぐらだね、それ……」
「手っ取り早く酔わせるにゃこれが一番だろ。ほれ呑め、やれ呑め。呑んで呑んで酔いつぶれてしまえ。後は誰かの腹の中だ」
……それまでの復讐のように容赦無く次々と酒を呑ませる羅須侘。その表情はあまりにも清々しく、先程のネズミの攻撃で溜まったストレスや怒りを酒と共に注いでいるかのようだった。さっさとデコレーションの為の生クリームやフルーツを準備して行く四条の顔も、その様子を見てか、苦笑が浮かんでいる。
「さてと、これでいいか?」
「後は香りつけだ。綺麗に温水で身体を洗ってやって、それでこれをなすりつける」
「これって……マタタビか? 随分良い香りしてるが」
「勿論、マタタビだ。猫には最高のシロモノだな。だが、これには少々コツがある」
「コツだと? 随分詳しいな」
「レシピに乗っていたんだけどね。洗う時は起こさないように優しく擦っていくんだ。力はなるべくマッサージのように均等に入れないと、ネズミが起きる。マタタビを擦り込む時は、ちょっと力は強めにするといい」
「なるほど」
コツについてレクチャーを続けながら四条は、ぐでぇ、となったスーナーネズミを抱え上げる。よいしょ、と台所の流し台に運んで、湯を流しながらたわしでゆっくりとその肌を擦っていく。気持ち良さそうなネズミは、先の将来を判っているのかいないのか、とろんとした目をして身を任せている。にやにや笑いながら擦っていく四条の目には、美味しそうなケーキの姿がもう見えているのだろう、時折舌なめずりすらするその表情は嬉々としたものである。
シンプルでありながらスーナーネズミのケーキは、高級品であるのは勿論、最早伝説とさえも呼ばれている代物だ。何故なら、入手が非常に困難な質の良いスーナーネズミと最高級のマタタビが必要だからである。味を再現できるかどうかは判らないが、それを食べられるかもしれないのだから、四条の目が爛々と輝きを増していくのも当然の事だろう。
そうして次々と洗われ、香りをつけられたスーナーネズミは、たっぷりの生クリームとフルーツと一緒にスポンジで挟み込まれていく。その上には、またたっぷりの生クリームとフルーツのデコレーション。最後の仕上げとばかりに、そのまた上からマタタビが散りばめられていく……見た目はただのケーキだが、中のスーナーネズミの生の食感、最高級マタタビの深い香り、フルーツの新鮮な酸味、そして生クリームのまったりした甘みの四重奏を織り成す極上のケーキが、ここに完成した。
「よし、完成。後はこれを王宮に持って行くだけだね」
「うう、美味そうだなあ」
「その必要は無いよーん」
完成後の感慨に耽る二人だったが、奥からいきなり声がかかる……行商人と思わしき者がにこにこ笑顔で現れ、身構える二人に不気味に笑ってみせる。その様子はとっても嬉しそうだ。
「ど、どういうことだ?」
「そのケーキはネ、できたてがいっちばんオイシーのよ。ともかくありがとねー」
感謝の辞を述べながら、行商人の服をばばんと脱ぎ捨てたその男……それは、彼らが良く知る人物であり、王宮のトラブルメイカーとしても非常に良く知られた人物であった。
「あ、アンタは……かちゅーしゃ前摂政ぉおお!」
「うふふふ、ネズーミケーキ!! アリガたくいただくわん!!」
その正体に固まる四条と羅須侘。そしてその後ろから、品の欠片も無い爆笑を伴って、彼らの上司である羅幻王国の女王が、姿を現す。
「あっはっはー、こうやってやらせればすぐにできると思ったのよー」
「お、王様!?」
「王様まで一枚噛んでたんですか……」
「ま、いーじゃないの。ささ、ケーキ二人とも食べてよー。貴方達が作ったんだし。まあ、私も戴くけどね」
がっくりと首を足れる二人に、けらりけらりと笑いながら女王は笑う。だが、かちゅーしゃ前摂政、そんな事などおかまいなく、出来上がったばっかりのケーキを口を開けて、早速食べようとした……が。
「いただき……ぎにゃあああああああ〜〜!!!!」
周囲10kmにわたり、かちゅーしゃの悲鳴が響き渡っていく……どうやら、舌にスーナーネズミの爪が突き刺さったようだ。『人間、楽して得られたものはそう甘くない』という教訓を絵に描いたような結果であった……。
その後、四条と羅須侘には、また別にご褒美が与えられた。理由は『ケーキがおいしかったから』らしい。
どっとはらい。
サブイベント28:男だけのソックスハント結果報告
羅幻王国文族、四条あやが記します。
羅幻王国は砂漠と沿岸部で構築されている国ではあるが、国の端には小規模な山脈があったりする。
小規模とは言え、羅幻王国にとっては貴重な鉱物資源の埋蔵地であるし、また、その地下からは遺跡が発見されていることもあり、その重要性は高い。
そんな山脈を、登山家なら『何考えてんだテメェ』と鼻で笑われそうなほどの軽装で上る二人の姿があった。
羅幻王国の国民、絢人と寛である。
スキップさえしそうな気軽さで登山道を進む絢人に、寛は疲労の濃い声を掛けた。
「……なんでそんなに元気なんだ、お前」
「ふふん? なぁにを言っているのかね寛」
妙にテンションの高い声だった。
寛は唐突に嫌な予感を覚える。なんでこんな奴に着いて来てしまったんだろう、と黄昏た。尤も、水運プラントのことで資料を調べていたら突然目隠しをされ、気がついたら登山道の入り口に居たので、着いてきたというより連れて来られた、もとい拉致された、という言葉の方が正しいのだろう。るんるんと登山道に入る寛を放り、全てを見なかったことにしてそのまま帰っても良かったのだが、それはそれで何か厄介ごとを生みそうな気がしてならず、寛も絢人の後を追って登山道に入ったのだ。
やはり帰るべきだったか、と寛が思案に耽ると、不意に前方で絢人が立ち止まった。くいくい、と手でこちらに来るように示している。
「……?」
首を傾げた寛は絢人の傍へと近づく。絢人は登山道の脇に転がっていた岩塊の傍に隠れるように蹲ったので、それに倣い、寛も岩塊の影へと隠れた。しかし理由も分からずこんなことをするあたり、寛も絢人との付き合い方が良く分かっているのだろう。
「なんなんだ、いったい」
「しっ。黙ってあちらを見ろ。ばれないようにだぞ」
首を傾げながらも絢人の指示に従い、岩陰から登山道の先を見遣る寛。山肌に沿うように大きくカーブしている道が見え、少し離れたところにちょっとした広場があるのが見えた。広場には小さな小屋がある。ここまでの道中でも何度か見かけた、小型の山小屋だ。
「……あれがどうかしたのか?」
「ふふふ。これは第一級機密情報だがな……あの小屋には、いま王立第四高等学校の女山岳部が泊り込んでいる」
「……だからどうした」
「ははは、隠すな隠すな。いいか、俺たちの任務はいまからあの小屋に忍び込み、留守にしている部員のソックスを回収することだ」
「は?」
「そうだな、できれば使用済みのものが好ましい。数は4もあれば十分だろう」
「待て。待て待て落ち着け。何を言っているんだ貴様」
絢人の肩をがっくんがっくんと揺すりながら問う寛。
が、絢人は涼しい笑みで次げた。
「隠すな。――好きなんだろう?」
「何が」
「ク・ツ・シ・タ」
その囁きは悪夢のようで――まるで、吸い込まれそうなほどに甘美であった。
「いい加減に目を覚ましたらどうだ? おまえにはその資格がある、素質がある……世界中のソックスを集め、その価値を認める探求者の資格が。なぁに、恥じることは無い、それに気づかぬものが愚かなのだ。それは本来ヒトの定めなのだよ、ソックス集めはね……言うならば、そう、ヒトの宿命(フェイト・オブ・ヒューマン)……」
「――」
がつん、と寛の意識を何かが揺さぶった。ソレまでの自分が砕け、その中から、生まれたての赤子のように無垢な思いが姿を見せる。
「……絢人」
がしり、と寛は絢人の手を取った。つき物が落ちたかのような顔だった。
「俺、嫁さんは縞模様のソックスが似合う女にしようと決めてたんだ」
「そうか。幸い私は純白が好きだ。我々は分かり合えると思わんかね?」
「うむ。共に理想郷に至ろうぞ、同士よ!」
「はっ、当然だとも!! よし行くぞ、理想郷の鍵はあそこにある!!」
「応っ!!」
力強く頷く寛。絢人と肩を並べ岩陰から飛び出すと、山小屋へと向かい前進する。
その歩みはまるで戦神のようで、銃弾が雨霰と飛び交う戦場を優雅に行進する貴族のようだった。
見る見る間に、山小屋との距離が縮まる。
「とったぁ!!」
取った、なのか、盗った、なのか分からぬ声を上げながら二人は山小屋のドアへと手を伸ばし、その瞬間。
ぼそり、と足元が陥没した。
「あ」
間の抜けた声はどちらのものか。
都合10m近い竪穴を落下しながらも何故か無傷で着地した二人は、親の敵を見るかのように空を仰ぐ。
穴の縁――自分たちを嵌めた落とし穴の縁に、誰かが佇んでいた。
「誰だ貴様っ!?」
寛は声を張り上げる。若輩兵ならそれだけで失神しそうな声だった。
しかしその影――学生服らしきものを来た誰かは、優雅に微笑み一礼した。
「お初にお目にかかります。私、第四高等学校で風紀委員長を勤めさせていただいております。以後お見知りおきを」
「なに!? 貴様があの風紀委員か!!」
「ええ。久しぶりです絢人さん。今回は僕たちの勝ちですね――そもそもデコイですし。情報」
「何だと!? ならば山小屋の中には!?」
「誰も居ませんよ」
「くっ――この悪魔め!」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ。ソックスハンターども」
風紀委員長は悪魔のように微笑んで、天使のように囁いた。
「ではみなさん、この人たちを教育室へ。手厚くお願いしますね?」
「はい!!」
見えぬところから幾人分かの声が響き、次の瞬間落とし穴を全部覆うように何枚ものネットが投げ込まれ――
「……どうして俺、こんなことになってんだろう」
つかまった魚のごとく網に絡まりながら、ふと我に返った寛はぼんやりとそう呟いた。