王立図書館3F

イベントなどで提出するSS等の文章類を掲示しております。

 

 

グレイ様作『彼が国民になった理由――もしくは、とある王国参謀の手腕』

 
 

「ふう、久し振りだな……」

 

 いつまでも続くと思われた砂漠に通る一本の道。それはにゃんにゃん共和国西側諸国を繋ぐ交易路である。その道は生体素材によって構築されており、周囲と太陽光の熱を変換して気温を下げる役目も負っている。これは砂漠という過酷な環境においても安定した流通を確保するための試みであり、これの生成技術は羅幻王国にのみ存在する。

 勿論この道は交易にのみ使われているのではなく、旅行者の手軽な交通路としても愛されている。盛り上がった砂の丘陵の向こうに見えてきた羅幻城の姿を見て、ふと呟いたその人物も、旅行者の一人のようである。

 

羅幻王国……か」

 

 一昔前はまだ弱小だったこの国も、今では前述したその技術力で目覚ましい発展を見せている。その差を感じ取ったのか、その科白からは何か感慨深いものを感じさせる。

 

「まあ、まだもう少しあるし……腹も減ったから、休憩するか」

 

 頭と言わず全身に巻き付けられた灰色のターバンにマントと、砂漠用完全装備のせいでどのような容貌かは分からないが、その体格から簡単に男と見て取れる。何日この道を歩き続けたのか、かなりの埃まみれの砂まみれである。しかし、その足取りは力強く、確かなものであった。

 

「確かここらあたりに……お、あったあった」

 

 砂の丘陵だらけの周りを見渡す……と、少し離れたところに、緑が顔を覗かせていた。椰子か何かであろうそれが意味するものはただ一つ。オアシスである。

 

「町に入る前にちょっと小綺麗にしないと……って、ん?」

 

 近づいていくうちにそのオアシスが全貌を覗かせる……が、そこには何故かクロウラーが数台。

 

「先客か……いや、あれは……軍隊か?」

 

 砂漠を走るのに判別が付きにくいようなカラーリングを施したクロウラーなど、軍用以外の何者でもない。一般のそれなら、もし遭難した時のことを考えて色の系統自体を変えるのが普通なのである。そんな彼の予想を裏付けるかのように、そのカーキ色のクロウラーのサイドボディには『羅』の一文字。羅幻王国軍所属のものに違いないようだ。

 

「……ま、いいか」

 

 少し逡巡していたものの、気にしないことに決めたのか、再びオアシスに歩を進める……おおざっぱなのかおおらかなのかよくわからない。

 オアシスの泉の調査だろうか、後付けされたクロウラーの後部から伸びたパイプが泉に伸びており、傍らには何かファイルを持った女性の姿がある。こうなると水浴びは無理だな、とか考えながら彼が近づいていくと。

 

「はーい、それくらいで良いです。速やかに撤収作業お願い。時間は有限よ、まだまだする事があるんだから急いで下さいね〜」

 

 そんな声が聞こえてきた。どうも作業自体は終わったようだ。先の女性の号令の元、パタパタと動き回る軍服の人達。しかし、その女性は軍服姿ではなく、砂漠には似つかわしくないビジネススーツ姿であった。

 

(……こんな所でそんな格好……いや待て、さっきの声にも聞き覚えがある。ひょっとして……)

 

 彼女まで数メートルといったところで、彼は声を掛けることにした。

 

「失礼ですが、蓮田屋藤乃さんですか?」

「あら……どなたかしら?」

「やっぱり、間違いない」

 

 『蓮田屋藤乃』と呼ばれた女性は、笑顔ながらも微かに怪訝な表情を浮かべる……作業中にいきなり現れた一般人に話しかけられたのだ、警戒するのも無理はない。しかし、彼の方はその人が『蓮田屋藤乃』である事を確信したのか、布だらけの顔の中で唯一外にさらされているその灰色の瞳を緩ませる。

 

「あ……その瞳、その声……」

「お久しぶりです」

 

 そう言いながら彼は、ターバンと顔を覆った布を外して蓮田屋嬢に微笑みかける。

 

「……グレイさん!?」

 
 

     §     §     §

 
 

 それから数時間後。

 

「出来ました。最終チェックお願いします」

「じゃ、次はこれをお願いしますね」

 

 ここは羅幻王国のとある執務室。そこは先般発表された戦時動員の為、多忙を極めていた。飛び交う書類と声の中、何故かグレイは席と雑務を与えられていたのである。

 

「グレイさん、これ最新の書式フォーマットです。目を通しておいて下さい」

「わかりました。えーっと?」

「四条です。挨拶は後ほど改めて」

「参謀、広報用の教育機関のゲラが上がりました」

「じゃあグレイさん、これもお願いします」

 

 旅装束のまま……と思いきや、彼の姿は黒いスーツに包まれていた。別に宛がわれたものではないようで、マントとターバンを外したらこの姿であった……何者?

 

「蓮田屋さん?」

「何でしょう?」

 

 そして彼の席の上座には蓮田屋嬢。恐るべきスピードで山のような机上の書類の標高を削っていた。その様子にはばかることなく話しかけるグレイ……会話をしながらも両者の手は止まらない。

 

「俺、なんで仕事してるんですかね?」

「忙しいんですもの♪」

「あ、寛さん……だっけ、完了です。少し寂しかったから適当に加筆しましたので確認願います」

「了解、助かるよグレイさん。正直こういうのは俺の仕事じゃないんでねえ」

「じゃ、こっちの書類にサインお願いできるかしら。それから、データを送りますからチェックして下さる?」

「わかりました。で、蓮田屋さん」

「何でしょう?」

 

 目の前に置かれたPCに送り込まれたデータを処理しながら、グレイは再び彼女に質問する。

 

「俺、なんでいきなり宮殿で重要書類の処理をしてるんですかね?」

「適材適所ですもの♪」

「……送信完了です。間違いはないと思います」

「ご苦労様。とりあえずお食事をしてきて下さいな。話は通してありますから、30分後には帰ってきて下さいね」

「わかりました」

 

 後ろ手に修羅場の扉を閉めて、そのままもたれかかるグレイ。

 

「……おかしいなあ。久しぶりに会ったから食事でもって話だったはずなんだけど」

 

 ……人が良いにも程がある。

 砂漠での邂逅の後、蓮田屋嬢に誘われるまま彼が連れてこられたのは、宮殿の上層に位置する、国家機密や運営を携わる第一執務室だったのである。

 彼が蓮田屋藤乃嬢と出会ったのは、まだ彼女が流浪の貿易商人の時であった。取引先として仕事を共にし、彼女のその辣腕……もとい敏腕振りに驚嘆を禁じ得なかったものである。それから何回か顔を会わせるうちに親しくなったのであった。

 

「まさか一国の参謀になってたなんて……当然といえば当然か」

 

 記憶を辿ると、出てくるわ出てくるわ彼女の極悪非道の手口が。もっともそれが、全てをうまく解決する手段であった事はグレイ自身も理解はしていた。己がターゲットになった時は血涙を流したものだったが。

 そして今回も、グレイはまんまと彼女に乗せられてしまったのであった。

 

「まあ、いつもの事か」

 

 一つ溜息をついてグレイは食堂へと向かう。

 

「そういえば、どこにあるんだ、食堂?」

 
 

     §     §     §

 
 

「あらン? 見ない顔ねン」

 

 なんとか食堂を見つけ、唐揚げ定食特盛りと鳥南蛮を瞬速で平らげたグレイ……そんなに好きか、鳥が。

 そして急いで執務室に戻る途中に、声を掛けられた。

 

(え!?)

 

 顔を向けると、そこには科白からは想像もつかない、白い毛皮のコートを羽織った見事なカイゼル髭の男。そこまでならまだいい。その顔には見るも鮮やかな化粧が施され、小指を立てながら口元を隠したその手には宝石貴金属、ついでに毒々しいまでのマニキュア……あんた一体何者だ。

 その傍らにはうって変わって宮殿正装に身を包んだ穏和な顔立ちの男……隣の男と比べると至極真っ当な格好であるが、後ろに伸びた黒い尻尾の先には赤いリボンと共に可愛らしい鈴が二つ括られていた。彼の動きに合わせて、その存在を主張するかのようにチリチリと鳴る。グレイの心情を察したのだろうか、彼の顔には苦笑が浮かんでいた。

 

「なになにぃ? 仏頂面は駄目よン。ファーストインプレッションは大事なんだから」

「……失礼いたしました。癖なもので」

 

 動揺を隠すために仏頂面になるのが彼の癖らしい。

 

「グレイと申します。蓮田屋さんと既知でして、お邪魔させて頂いております」

「聞いてるわ、あなたがグレイさんね。私はかちゅーしゃ。以後よしなにねン」

「私はルクス。ようこそ、歓迎いたします。では」

 

 笑顔のまま、手をひらひらさせて去っていくヨマ氏と、柔らかく微笑み、一礼しながら尻尾の鈴を鳴らして去っていくルクス。グレイは一礼したまま、背中に冷や汗が流れるのを覚えた。

 

(……かちゅーしゃって確か……)

 

 先程扱っていた書類に何度も出てきた名前。それも、二人とも。

 

(かちゅーしゃ前摂政!? ルクスって……ルクス宰相か!?)

 

 改めてとんでもない所に連れてこられた事を認識したグレイだった。

 

「あらあらグレイさん、そんな所で何をなさってるの?」

 

 そこに現れる蓮田屋嬢。手には分厚い書類の束を抱えていた。

 

「あ、いえ。丁度今、かちゅーしゃ前摂政とルクス宰相が通られたので挨拶を」

「あら、一つ手間が省けました。それでは付いてきて下さいな」

 

 毛足の深い絨毯の上を颯爽と歩く、ビジネススーツの眼鏡美人と、その横を歩く体格の良い黒スーツ姿の男。端から見ればそれはお似合いのカップルに見えなくもないが……姐御を守る舎弟と言った方がしっくりくるかもしれない。

 

「でも、お陰で助かります。ふふ、相変わらずの働きっぷりですね」

「単に年喰ってるだけですよ。経験だけはやたらとありますから」

「謙遜なさらなくていいですわよ……相変わらず、転々としていらっしゃるの?」

「……何でも屋はまだ卒業できそうにないですね」

「……そうですの」 

 

 彼は今、事務仕事から現場処理までそつなくこなす“何でも屋”として諸国を流浪していた。本人曰く、『突出したものが欲しい』という修行の旅だったらしいのだが、その目的は未だ達成されていないようだ。

 

「ますます好都合です♪」

「何か仰いました?」

 
 

     §     §     §

 
 

「ほう、そなたがグレイか。話は参謀から聞いておるぞ?」

「お初にお目に掛かります。女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

「固い挨拶はいいにゃ」

 

 そして、連れてこられたここは国王の執務室。

 

「……蓮田屋さん?」

「何でしょう?」

 

 小声で横に並んでいる蓮田屋嬢に話しかけるグレイ。その顔には仏頂面に諦観というデコレーションが飾られていた。

 

「俺、なんで女王様と謁見してるんでしょう?」

「それが筋ですもの♪」

「何を小声でしゃべってるんにゃ?」

 

 そう言いながらも羅幻王国国王・羅幻雅貴伯爵夫人は、るんたったと軽くスキップをしながらグレイの元に歩み寄る。

 

「よくぞ我が元に来てくれた。心から歓迎するにゃっ」

「有り難きお言葉。本日より……」

 

 しばらく滞在させて頂きます、とグレイが言おうとしたその前に。

 

「今日より明日は、そなたと共に共に和して自由の旗に栄光を与えんことを願う。我が国の為に貢献してくれ。お主のような人材が来てくれて本っ当に助かるにゃ」

 

 にこにこと、それはもうにこにこと笑顔でグレイの手を取り、ぶんぶんと振り回す羅幻国王。

 

「……蓮田屋さん?」

「何でしょう?」

 

 ひたすらに微笑ましい様子の女王を見て相好を崩すグレイであったが、再び横にいる――間違いなくこの度の黒幕である――蓮田屋嬢に話しかける。

 

「俺、なんでこんなに歓迎されてるんですかね?」

「即戦力ですもの♪」

 

 そう答えながら蓮田屋嬢は一枚の書類を取り出す。それは、先程グレイがサインしたもの。彼女がその紙を一振りすると、ぺらっと何かが剥がれ落ちた。

 

「……え!?」

 

 途中経過報告書と書かれていた紙が剥がれ、下に現れたのは『国民登録書』の文字。

 

「うむうむ、とりあえずは文士として……そうじゃのう、参謀や四条の元で色々とこの国の事を学ぶがよい。慣れてきたのなら、その才能を遺憾なく発揮してくれて構わんからにゃ?」

「……微力ながら」

 

 失礼のないように何とかその一言を絞り出したグレイに、腕組みをしてうんうん頷く、まだうら若い国王。

 

「は・す・た・や・さん?」

「何でしょう?」

 

 器用に額に血管を浮かばせながらにっこり微笑み、グレイはまた横にいる蓮田屋嬢に話しかける。

 

「俺、なんで“また”はめられたんですかね?」

「ふふ、宿命ですもの♪」

 
 
 

 こうしてグレイは、羅幻王国の国民……いや雑用係として日夜激務に精励することとなるのである。

 
 
 

「給料は鶏肉でいいと聞いたが、まことか?」

「身命を惜しまず勤めさせて頂きます」

「……クス」

 

 

岩元 宗様作『羅幻王国のとある一日 〜ルクス篇〜』

 宇宙=ネットと言う現代。

 にゃんにゃん共和国の西に羅幻王国という藩国がある

 

 そしてここはおなじみの羅幻宮殿。

 その宮殿の尖塔にある蓮田屋藤乃の執務室。

 たいてい、ここから物語はスタートする。

 

「通貨ですって?」

 

 蓮田屋藤乃はその脚線美が目立つ脚を組みかえて訊いた。

 軽く眼鏡をあげる。

 

 その机の上には大量の書類が乗っていた。

 処理済と未処理がしっかりと分けられており、未処理より処理済の方が多い。

 この辺で彼女の優秀さが伺える。

 それ以外には特に何も無い。シンプル・イズ・ベストである。

 

「はい。 藩内通貨です」

 

 ルクスは手にある書類をみせた。

 何度も推敲を重ねて、やっと要点がまとまった書類ができた。

 蓮田は受け取り、眼鏡を軽くあげて読んだ。

 今日もスーツ姿である。 キャリアウーマンという女教師に近いのは気のせいだろうか。 

 

 サラリと読み終わると、うなづいて微笑む。

 

「なるほどね」 

「それでどうでしょうか?」

「そうね。 陛下にはお伺いは?」

「まだです。蓮田さんの許可を戴いてからと思いまして」

 

 ルクスは順番を守る男であった。

 

「私の方は特に異論はないわね。これでいいと思うわ」

 

 蓮田はニッコリと微笑んで書類を返した。

 受け取ってルクスは微笑む。認められて嬉しかった。

 

「ありがとうございます」

「よく出来ているし、ええ、きっと通ると思うわ。」

 

 蓮田は眼鏡をくいっとあげた。

 

「頑張ってね」

「はい! ありがとうございます」

「これが認められれば、藩国も活性化するわね。期待していますわ」

「はいっ!」

 

 そう見送られ、ルクスは意気揚々と部屋を出て行った。

 
 

 さて場所が変わって、ここは宮殿廊下。

 ここにひょーん。 ひょーん。 と奇妙な歩き方をする人物が居る。

 カイゼル髭が目立つ元・摂政。 かちゅーしゃである。

 

「ひょーん。 ひょーん」

 

 本当に口で言っていた。

 

「うーむ。天才としてここはやはり、でも天才だからな」

 

 そこにブツブツとおなじみのドクター無畏が歩いてきた。

 

「ひょーん。ひょーん」

「天才だから天才だとして、天才なら如何に?」

 

 二人はそうやってぶつからずにすれ違い、ハッと立ち止まった。

 

「そうだわー」

「そうだ」

 

 二人は同時に頷き(互いの顔を見ず)

 

「そうだわーん。 貨幣だわー」

「そうだ。 天才通貨だ」

 

 と言って、そこで初めて互いに気付いた。

 

「今、なんですってー?」

「ほほう。 この天才のアイデアを盗るつもりか」

 

 二人は睨み合った。

 こいつは敵だと思う。

 そういえば、この二人が激突するのは始めてである。

 バッとかちゅーしゃは離れて、妙な構えをとった。

 片足をあげて、両手をちょいちょいと振り回す。 なにかの拳法だろうか。

 対してドクター無畏は、懐から奇妙な銀色の流線型をした何かを取り出した。 

 

 風が吹いた。

 西部劇でお馴染みの草が丸まったものが転がり、渋いギターの音が聞こえてきた。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が続いた。

 少し長い沈黙だった。

 二人は同時にこう思っていた。

 

 (動いたら死ぬ!)

 

 というかふたりとも殺す気ですか。

 そういうわけで、妙に緊迫した空気が張り詰める。

 渋いギターの演奏も吹く風かも、二人の心情+演出効果で強くなっていく。

 

 すると、そこにルクスの姿が見えた。 こっちへ一直線に向かってきている。

 キーーーーンと、書類を手に走ってきて、対峙している二人を吹っ飛ばした。

 

「ぎゃわあーん!?」

「てんさいぃー!?」

 

 面白く転倒する二人。  というか、ドクター無畏。 なんだその叫び声は。

 

 ちなみに、そのときのルクスの成功要素には【目的に向かって一直線】があった。

 また【よく周囲を見ない】【意外と力がある】なども抽出されていた。 

 

 「むうぅ! Aの魔法陣であるかっ!」

 

 どこかでグレイ番長は何かを感じてそう言った。 

 

「な、なーんなのよー!」

「天才に対して、無礼な」 

 

 二人は立ち上がり、ルクスの後を追った。

 ルクスは途中で壁を蹴って走り、階段を無視して玉座の間へたどり着いた。

 その数分後をヨマとドクター無畏が追いかけてくる。

 

 玉座の間。

 その少し大きすぎる玉座に女性……もとい女の子が座っていた。

 プラーン。 プラーン。 と、脚を振っている。

 羅幻藩王だ。

 

「あーつまんない。 なんか暇だーぞ、こんちくしょうめぇ」

 

  羅幻藩王は不機嫌だった。彼女は退屈していた。

 

「暇だったら暇だーぞ。 にゃんにゃろめぇー」

「陛下っ! 陛下っ!」

 

 バターンと扉が勢いよく開いて、ルクスが現れた。

 

「ルクス宰相?」

「陛下。 無礼なのは申し訳ありません。 これを見てくれませんか?」

 

 ルクス。 挨拶も早々、持っていた書類を羅幻藩王に渡す。

 

「なに、これ?」

「藩内通貨です。 ぜひ御目通りをお願いします」

「ふーん」

 

 パラパラと書類をめくって読む。ふむふむ。なるほど。なるほど。

 

「どうですか?」

「うん。 なんか小難しいけど良いアイデアね。 いいわ。 造りましょう」

「本当ですかっ! やったーありがとうございます。」

 

 そう、これで終われば万々歳。

 だがそこで終わらないのが、この物語。

 

『待ったぁっ!』

『異議あり!』

 

「だ、誰だっ! って…………かちゅーしゃさんにドクター無畏……」

 

 ルクスは愕然とした。  うわーなんだ、この絶妙な組み合わせとか頭を抱える。

 

「あら、ふたりとも」

「お待ち、その通貨アイデアはわーたしが考えたもの」

「それはこの天才の天才的な閃きのアイデアだ。」

 

 二人はポーズをとって言った。

 

「…………じゃあ頼むわね。 ルクス宰相」

「はい。 陛下」

『ちょっ、ちょっと! ちょっと! にゃんだ。 にゃんだとー!」

 

 実に息がピッタリだった。

 

「なんなのよ。 もーにゃんにゃろうー」

「何がやりたいんですか。 二人とも」

 

 ムッとする藩王と半眼であきれるルクス。

 

「う、視線が冷たいわねえーん」

「天才も凍りそうだ」

「あんたらウザイのよ。 妙にキャラが濃いし」

「人気もあるそうですし」

「マジで!?」

「天才だからなっ!」

 

 妙なくねりセクシーポーズをとるヨマ。

 そして親指を立てて、キラリとドクター無畏は瞳を光らせた。

 

「……なんか腹立つわね。 それでなんなのよ」

 

 羅幻藩王は深く溜息をついた。

 

「言っておくけど、通貨はルクス宰相のアイデアだからね。 それに異論がある話だったら即却下だから」

「えっ? えーと……あっ陛下、最近太ったー?」

 

 ガコン。

 あぁーれぇーまぁーあぁーと、言ったヨマの足元が開いて、彼は闇に消えた。合掌。 

 

「あわわっ」

「太ってないわよっ! はい次っ」

 

 ちょっとがるるになる。猫なのにがるるである。

 

 「て」

 

 ガコン。

 ドクター無畏の足元が無くなり、ヒューーーーーーと彼も落ちていった。

 

 「よし終わり。 じゃあ通貨発行の方を上へ持っていくから」

 「は、はい。 よろしくおねがいします。」

 

 ルクスは自分が常識的なキャラで良かったと心底から安堵した。

 そしてこれからもこうやって巻き込まれるのかと、苦笑した。 

 
 

 こうして通貨はルクス通貨として羅幻藩国で使用されることになった。

 
 

 後日談。

 

「天に我あり。 漢ならばぁっ! 真に漢ならばっ!」

「……あららん。 グレイ番長。 なんでここにいるのー?」

「ああ、私は天才なのに。 どうして天才なのに! ビバ、天才なのにっ!」

 

 何故か暗い穴の底に居る三人。

 ヨマは見上げた。

 何も見えず。あららん。深いわねーとか暢気だった。 

 ドクター無畏は何故か白衣を翻して、天才。天才。といつも通り偉そうにして、落ち込んでいた。

 まあ、テンションはあまり変わっていない。

 そして中心に何故かどうしてグレイ番長。

 ガクラン。割れた学帽。荒縄ベルトに吊り下げられた鎖。

 下駄を履いて、かっこちょいいグラサンをしている。

 いつもはスーツらしい。

 

「うむ。 答えるのが漢なり! 落ちたからであるっ!」

 

 両手を組んで力強くグレイ番長。今日も絶好調だった。

 

 とりあえず少しの間は羅幻宮殿は平和だったとか。  

 
 

 終わり。

 

 

グレイ様作『陸軍招集前夜』

 わんわん帝國暦211年1月14日未明……にゃんにゃんの人達には日付をつける習性がないので念の為。

 

 場所は羅幻王国宮殿、参謀長執務室。ルクス宰相はその日の決裁書類を片手にその扉をノックした。

 

「………」

「……あれ?」

 

 返事がない。確か彼女は『遅くまで作業にかかります』と言い残してここに戻ったはずなのだが……。

 

「おかしいなぁ」

 

 再びノック……返事なし。ルクスは失礼と思いつつ、ドアノブに手をかける。施錠はされていなかった。

 

「失礼します」

 

 そう告げて入るルクスの視界には、椅子に座り、硬い表情で一通の書類をにらむ蓮田屋藤乃。まだこちらには気づいていないようだ。

 

「どうしました? 軍師殿」

 

 その声で初めて気づいたようで、蓮田屋女史はルクスの方に顔を上げ、

 

「あら、宰相閣下……気がつきませんでしたわ」

 

そう言いながら立ち上がると、応接セットにルクスを促す。自分の状態に気がついたのか、やや苦笑混じりである。

 

「珍しい事もあるもんですね、軍師殿がノックに気づかないなんて」

「お恥ずかしいですわ」

 

 傍らにあるキッチンセットから二人分の珈琲を持ってルクスの正面に座る蓮田屋女史。

 

「何か……ありましたか」

「これを」

 

 ルクスに手渡されたのは、先程彼女が見入っていた書類。その見出しを見た瞬間、ルクスの表情も凍った。

 

「来ましたか……」

 

 その書類の見出しには、こう書かれていた。「陸軍招集」と。

 
 
 
 
 

『陸軍招集前夜』

 
 
 
 
 

「出撃メンバーはもうお決めになられましたか」

「ええ……私が陣頭指揮を執ります。それと……今回は宰相閣下にも出て貰うかもしれません」

 

 そう告げた蓮田屋女史の表情を見てルクスは、この度の出撃はおそらく苛烈なものになると思った……全くこの人はいつも損な役回りだ、とも。

 

「おお、それは腕がなりますね」

「……え?」

 

 ルクスのそのあっけらかんとした返答に、キョトンとする蓮田屋女史。

 

「事務仕事にもそろそろ飽きてきましたしね、いい機会です。それに……」

「それに?」

 

 小首を傾げて訪ねる蓮田屋女史。その表情も相まって、ルクスの目にはひどく扇情的に映った。

 

「ゴ、ゴホン。私がいなくなっても大丈夫なように体制は整えてあります。後顧の憂いはありませんから」

 

 そんな己の劣情を恥じるように一つ咳払いをして、できるだけ真摯な表情で告げるルクス。

 

「……なら心配いりませんね」

 

 蓮田屋女史はそう言ってはんなりと微笑み、珈琲を口にする。その笑みは一体何に向けられているのだろうか。

 

「参考までに聞きますが、宰相代理には誰を推すおつもりですか?」

「ええ、四方無畏卿か四条あや卿です。この二人なら、私がどうなろうと安心です」

「……ちなみにその二人共、出撃メンバーなんですけどね」

「え!? ちょっ」

 
 
 
 
 

 一方、その頃。宮殿から西の位置にある駐屯基地の武器庫では、黙々と己の武器の整備をこなしている男がいた。蒼凪羅須侘――長身痩躯で顎髭がよく似合う、王国きってのナイスガイである。

 

「羅須侘さーん」

「む?」

 

 そんな彼の元に小柄な人影が小走りに近づいて行く。ぱたぱた、という擬音が聞こえてきそうな走り方だ。

 

「おう、茉乃瀬殿。どうした?」

 

 茉乃瀬桔梗――この国随一の絵筆使いにして、眼鏡好きの眼鏡っ娘。それでも陸軍歩兵隊では、冒険隊長を務める程の猛者である。

 

「出ましたよー、出撃命令」

「そうか! よし。今度は派手にやれそうだな」

 

 ここ最近、冒険には出たものの、その内容にはかなり辟易していた彼にとって、今回の出撃は己の本分に適うものであった。そしてまた、流浪の傭兵に過ぎなかった自分を拾ってくれた、この国への恩を少しでも返せるというものであった。心なしか顔には笑みが浮かび、小銃を磨く手にも力が入る。

 

「うー、でもなんか……やっぱり怖いですねえ」

 

 一方、口に指を当てて呟く茉乃瀬だが、台詞の割にはゆったりとした口調だったので、あまり怖そうには見えない。

 

「怖くて当たり前だ」

 

 そんな彼女に微笑みかける羅須侘。

 

「肝心なのは、その怖さに負けない勇気を持つことだ。恐怖をうまく利用すればいい」

「なるほどー」

 

 流石は元一流の傭兵と言ったところか。その説得力に茉乃瀬はしきりに頷いている。

 

「茉乃瀬殿もしっかり準備を。装備もそうだが、心の、な」

「はいー」

 
 
 
 
 

 また、同時刻。宮殿内の食堂では、グレイが遅い夕食を摂っていた。

 

「ふう……あまり食欲がないなあ」

 

 そう言っている割には、目の前の皿には食べ終わった後の骨がうず高く積まれていた。鶏のものなのは言うまでもない。

 

「へえ、珍しい」

「って、それだけ食べれば上等でしょう」

 

 そこに現れたのは、岩元宗とシノブ……奇しくも前回の食料増産時のパーティが勢揃いである。

 

「どうしたんすか? らしくないっすねえ」

 

 言いながら、買ってきたラーメンをぞぞぞとすする宗。

 

「動員されて、怖じ気づいたんですか?」

 

 にやりと笑いながらサンドイッチをかじるシノブ……勿論台詞は棘だらけであった。

 

「ああ、怖じ気づいてる」

「ぶふっ!」

「げふっ」

 

 グレイの言葉に、むせる二人。宗などは、鼻から麺を吹き出す始末。

 

「なんだ? 驚くトコか?」

「がっはげっはぐっは」

「ああ、もう。すみません、皮肉でした。そう返されるとは思いもよりませんでしたよ」

「いや、本当にそうなんだけどな」

 

 神妙な面持ちで告げるグレイ。

 

「ほういうほひははいはいのほはれるんらへほは」

「げっほげっほごっほ」

「どこが食欲がないんだか……」

 

 勿論、食べながらだと神妙の「し」の字も感じられないが。

 

「んんっ、こういう時は大体残らされるからね。今回は君達の方が先輩だ、よろしく頼むよ」

「べ、別にそんな、俺なんか……ごほ」

「……だから嫌いなんですよ、あなたなんて」

 
 
 
 
 

 またまたその頃。宮殿から少し離れた植物園にあるビニールハウス内。その一つに足を踏み入れるのはぱんくすであった。

 

「うわ、寒いなここは」

「ん? ぱんくす卿……か」

 

 砂漠の国である羅幻王国では冬野菜が取れない。その為にここでは温度調節を駆使して所謂冬の状態を再現していた。そこに、己が育てた野菜を愛おしく見つめる男が一人――寛である。

 

「見ろよ、いい感じで育ってる。今年もいいのができそうだ」

「おう、卿の作った白菜は評判がいいからな。またお隣から、まだかまだかと催促が来てるらしいぞ?」

 

 ここでお隣とは勿論、鍋の国である。 

 

「そうか……いや、もしかするとこの子達の嫁入りに立ち会えないかと思ってな」

「知ってたのか」

「ああ。大きな戦なんだろう?」

 

 少し表情が翳る。彼には戦場よりも自然が、銃よりも鍬が似合う――『緑の男』と呼ばれる由縁の一つだ。

 

「お前さんは生き延びるさ。『マギエル』候補の筆頭が何を言っている」

 

 敵の動きや攻撃を読み、華麗にかわしながら陽動作戦などを行う部隊『シュヌルハーリッター』。現在その部隊の中で、寛の上を行く人物はいない。そして、三つある『リッター』の筆頭は全て空席状態にある。

 

「戻ればお前さんと俺で、あの黄色いジャンパーが着れるよう、陛下に具申する。その為にも、な」

 

 一方のぱんくすは『クラウエリッター』。先陣を任される部隊の華である。

 

「……俺には過ぎた話だが」

 

 立ち上がりながら寛は、ぱんくすに向かって微笑みを浮かべる。

 

「卿の次の設計を見せて貰うためにも……生き延びるとするか」

 
 
 
 
 

 ところは宮殿に戻って、国王執務室に向かう廊下をぽてぽてと歩く三人組がいた。

 

「ふ、此度の戦さ、この天才がおれば勝利は間違いないな」

 

 意気揚々とそう呟く彼の名は“マッドドクター”四方無畏。

 

「いや、そんなこと思えるなんて、すっごい馬鹿ですね。流石は天才」

 

 その横を辛辣な台詞で返しながら、どこ吹く風と飄々と歩く人物は四条あやである。

 

「ふ、当然であろう」

 

 馬鹿と言われたのに、間髪いれずに天才と持ち上げられてそう返す無畏。流石は文族、筆が達者なら口も達者である……いや、問題は無畏の方か。

 

「四条君も、素知らぬ顔で毒舌吐けるってのはある意味天才だと思うよ?」

 

 そう言って、並んで歩く二人から一歩引いた位置を歩く小柄な女性は、比月コウ。

 

「僕みたいな非才の身に何を言ってるんですか。こんな人と一緒にしないで下さいよ。ね、天才?」

「はっはっは、さもあらん、さもあらん」

「……はあ」

 

 漏れるため息も隠そうともせずに首を振るコウだったが、

 

(……また、竹内君と会う為にも、絶対生き残るんだからっ)

 

と、決意も新たに前を見据える……その時の為に昨日、『ナニワ人エキゾチック変身セット』を大枚はたいて購入したのは誰にも秘密だ。

 
 
 
 
 

 そして、国王執務室。ここに、今回出撃命令が下った上層部12名が揃った。

 

「………」

 

 自分の前に並ぶ面々に羅幻王は何も言えず、ただ。

 

「陛下、お言葉を賜りたく存じます」

「………」

 

 蓮田屋女史の言葉を受けても、ただみんなの顔を見詰めるだけであった……その大きな瞳に涙を溜めて。

 

「陛下。我ら一同、必ず帰って参りますよ」

「大丈夫ですよ、陛下。一応経験だけは豊富な私がおります故」

「陛下とはまだまだ遊び足りないですからー」

「冷蔵庫にまだ支給品が残ってるしなあ」

「本当に現物支給なのかよ!?」

「シリアスな場面が台無しですね」

「まあ、大船に乗ったつもりでいて下さいよ。帰ったらご褒美をねだりますからね」

「一緒に鍋をつつきましょう」

「何を辛気くさい顔しとる。天才は必ず勝利を収めてくるぞ」

「もし負けても天才的撤退とか言うんでしょうね、この人は」

「縁起でもない事言わないの。ギャグになってないわよ、それ」

 

 それぞれに、それぞれらしい台詞。羅幻王は、流れかけた涙を手でぬぐい、こう告げた。

 

「勅命にゃ! 勝利だろうが敗北だろうが構わん! 必ず……」

 

 その張りつめた、一生懸命な声を聞き、姿勢を改める12人。

 

「必ず生きて帰って来るにゃ! ……絶対……死ぬにゃっ」

 
 

『ハイル・ラゲーン!!』

 
 
 
 
 

 そしてその日の0700時。

 

 羅幻王国軍は、共和国軍に合流する為に宮殿から出発した……。

 

 

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Last-modified: 2017-06-19 (月) 21:09:59 (153d)