chocolate cake confusion


かしゃん、と音がした、と思ったら殴られた。
すぐに後ろに飛ぶと、その相手を見る。
・・・案の定、怒った弟の姿だった。

「・・・にぃさま、僕は怒ってる。なんでだか、わかる??」
「ルーヴェ、だからって殴る事は無いでしょう?ちゃんと何が原因か言いなさい」
「そんなの関係ないもんっ!!!」

また構える弟を見て、ため息を吐く。
もしかしてあれだろうか。
だが、たかがあんな事で、殴られる覚えは無いのだが・・・
案の定、その口からその原因は叫ばれる事になった。

「僕のチョコレートケーキ食べたろっ!!!今すぐ利子つけて返せっ!」
「それがどうしました?早い者勝ちと母上は言ってましたが」
「かぁさま、そんな事言ってないって言った!!」

・・・母上、私の耳と記憶が正しければ言ったはずですが、見事に否定なされましたな。
一瞬『裏切り者』という言葉が頭の中を駆け巡ったが、頭を振る。
とりあえず、向こう側を見てみれば。
・・・姉上、何のんびりとチョコレートケーキを食べてるんですか。

「姉上・・・それ、上げればいいじゃないですか」
「あ?」
「今食べてるの、チョコレートケーキじゃないですか」
「違う。これはザッハ・トルテだ」
「何屁理屈こねてるんですか姉上・・・ザッハ・トルテもチョコレートケーキもあまり大差ないじゃないですか」
「ねぇさま、それ食べる!ちょーだい!」
「やだ」
「姉上・・・大人げないですよ」
「そういうお前はどうなんだ、お前は」

不毛だ。
非常に不毛な会話だ。
たかがチョコレートケーキ一個で家庭内不和を起こすのは避けたいのだが、最後の一口まで綺麗に平らげた姉を見て、弟は非常に心底うらめしそうな顔をしている。

「ねぇさまのいぢわる!!」
「おお、そうかそうか。それなら此の前私のクッキーを全部喰ったのは誰かな?」
「う」

そうか、あの時のクッキーを食べたのはルーヴェだったのか。
ちょっと前の話だが、姉が自分で作り、食べるのを楽しみにしてたというのに、ちょっと出かけて帰ってきたら全部無くなっていたという事態が起こったのだが、その元凶はそこにいる弟だったらしい。
まったく、あのときは八つ当たりが激しくて、そのせいで射撃場で銃弾を姉弟で何カートン費やしたものか・・・思いだしたくもない。

「・・・ルーヴェ。オシオキだと思いなさい」
「やだやだやだやだ!!!ケーキ返せ!!ケーキッ!」
「あらま、何か騒がしいと思ったら」

・・・出た、元凶。
にこにこ笑う元凶、もとい母上を見て、深くため息を吐き出す。
『貴方の一言のせいで駄々っ子が一人できました』と言いたいところだが、そんな事を言ったら姉弟揃って本日の夕食が口にできるかどうかの危険域に突入してしまう。
さてはて、どうしようと思った矢先に、父上が半ホールのチョコレートケーキを食べている姿が目の端に見えた。
それはどうやら、弟の目線にも入ったらしく、そちらに向かってタックルし始める。

「とぉさまずるい!!!ちょーだい!」
「これは俺が貰ったもんだ。お前にはお前の分があったろうが」
「なかったもん!ちょーだい!」
「いくらお前が末息子だからってこればっかりはやれんッ!」
「ひ、ひどぉぃ!!ちょーだいっ、ちょーだい、ちょーだいっ!!」
「えーい、駄目だったら駄目だっ!!!」

あのぅ、父上・・・
いくら超のつく甘党だからって、直径18cmのチョコレートケーキの半ホールを抱え込んでちびっ子と言い合いをするのはとっても威厳がありません。
『父上、それでも貴方は『恐怖がラグナロクの形を取っている』と言われた方なのですか』と叫びたい気持ちをぐっっとこらえて、ため息を吐き出す。

「あらあら、お父さんったら。チョコレートケーキねぇ・・・あったような、なかったような」

あるんだったらさっさと出してください、母上。
あぁ、言いたい、言いたいけれど夕食が・・・
悩む私を察してか、姉上はぽん、と私の肩を叩き、首を横に振る。
言うな、という事らしい。
・・・だが、父上からも貰えない事を本気で悟ったらしい弟は、きっ、と私達に恨みがましい視線を向けた。
あぁ、これは来ますねぇ、と思い、さっさと中庭に出る。

「まったく、なんでチョコレートケーキで家庭内不和を起こさなきゃいけないのでしょうね、我が家は」
「少なくとも、ルーヴェの食い意地のせいだな、これは」
「粘着は嫌われますよねぇ。男でも女でも」
「・・・まぁ、仕方あるまい。一度やってしまった身としては何とも言えん。・・・あのとき、20カートンは撃ったからな・・・」
「あれ・・・9ミリパラベラムでしたっけね、そういえば。・・・あの弾丸の先にいた獲物って、もしかしてもしかすると・・・その・・・」
「実の弟を弾の的にするほど、悪趣味ではない。・・・あの後できっちり謝罪入れてもらって、殴り倒したがな」

・・・姉上・・・それ、十二分に食い意地張ってる証拠です。
いや、姉上の場合はまだ味見もしていない自作クッキーだったからかもしれない。
冷却中に用事を済ませて戻ってきたらと愚痴を零していたから、その可能性が高い。
そう思っているうちに、ずんずんと大地を揺るがすほどの勢いで駆け抜けてくる弟の姿。

「おぉ、来たぞ」
「来ましたね」
「ま、後は拳で語れ。そのうち忘れるだろう」
「そんな殺生な」
「ま、体を破壊する程のをやらかしたら父さんの大目玉を喰らう事くらい、あの頭でも判っているだろうさ。そうなったらケーキ、夕飯以前の問題になるからな」
「・・・そうならないように祈ってください。とほほほ・・・」

そう言って姉上は中庭から自分の部屋へと歩き出した。
逃げたとは思わない。 ターゲットは私なのだから、仕方ないだろう。
すっ、と構え、深く恨みの目で自分を見つめる弟に深くため息を吐き出し、こちらも構えた。

「にぃさま、チョコレートケーキの恨み、晴らさでかぁあ・・・!!」
「・・・あーもぉ・・・それで気が晴れるなら、おいでなさい」

・・・その後の事は、朧げに覚えている。
とんでもない殴り合いになって、夕食時までかかって、その後はどうやら気が晴れたらしく、じゃれあった事を思い出す。



・・・あれからもう、200年。
何故、どうしてこう繰り返すのだろうか。
意識を飛ばしているうちに、成人したルーヴェ・・・神無はすでに一発、私の顔に拳を叩き込んでいた。

「兄貴・・・俺のおとっとき・・・返せ・・・」
「神無・・・君は進歩というもんをしないんですか、まったく。ええ、呑みましたよ、君が呑まないから」
「あれは楽しみにとっといたんだよ。それを全部・・・」
「だったら先に呑みなさい。220年以上一緒にいて、まだパターン覚えていないんですか?」
「そりゃそうだけどよー、だからって呑む奴があるかよ。ちくしょー、俺の酒・・・」
「あーもー、わかりましたから。まったく・・・代わりに私のおとっときあげますから我慢しなさい」
「うー・・・しゃーねーなぁ・・・もう。わかった、そんでいいや」

いや、どうやら、あれから少しは進歩したらしく、食い意地も鳴りを潜めたらしい。
・・・ま、子供と大人とでは、少々違うだろうと思いながら、キャビネットからおとっときを出そうとしたその時、私の背中に、弟の明るい声がかかった。

「・・・そんかわし、一番のおとっときな」

・・・訂正。
『食い意地、鳴りを潜めるどころか、とっても図太く成長しています』。

でも一応、一番のおとっときを出したのはいいが、私が瓶の半分を飲み干したあたり、私も結構食い意地張ってるんじゃないかと、ふと思ってしまったのは、何故だろうか。

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雑記:神無VS明の話。
・・・一応喧嘩話になっているかとは思いますが・・・
実は思い出話だったと言う展開。
でも、ここで一番食い意地張ってるのは神無だと思います・・・多分。
雑文乱文ですが、お納めくださいませ。