線香と花を墓前に手向け手を合わせれば、思い出すのはあの放浪の日々。
あの男に捨てられたお袋と、俺。
それん思うと、あの男が憎うてたまらない。
・・・お袋の無念を思い出しながら、『殺してやる』と何度も思った子供の頃。
その思いは、今も変わってはいない。



ー愛憎、紙一重ー



あの男が、お袋の墓前に花を手向けた事があった。
俺はあの男の顔に叩き付けた後、それを捨てた。
「あんたに、手向ける花は無ぇ」と。
・・・かなり昔の事だ。
父はほんの時々その事を漏らす、と義兄から聞く。
「許す事はできね」と、義兄には言った。
・・・それが、あの男に伝わると知っていながら、だ。

「そいでもなぁ・・・紋治。昔に起こった事は、もうしゃあねぇべな。取り戻せね」

義兄はさとすように、言う。
・・・あの男と、義兄は姿も、性格も違う。
違うと解っていても彼に、憎いという感情を持ってしまうのは、捨てられた者と、選ばれた者との違いなのかもしれんと、思う。
・・・本当はこれも違う事ぁわかっちゃいるが、理由を付けてみれば落ち着いてしまうのが、人間というもんであって。
自分を納得させるんにゃ、あまり説得力の無い言葉でも、納得するしかなかった。
もひとつ、帰るついでに墓を見る。
・・・由太郎あんちゃの母親の、墓。
そこにも、花と線香が手向けられていた。
多分、あんちゃがやったのだろう。
久しぶりに訪れたお袋の墓が、綺麗にしてあったのもそのはずだ。

「・・・あんたも、あの男の犠牲者やな」

あの男の犠牲になった女達だけが逝き、あの男は生きている。
先に死ぬんは、あの男の方で犠牲になった女達じゃねぇ。
あん女(ひと)だって確かに笑っちゃあいたが、自分の男と別の女の間にできた餓鬼を引き取って育てたんは、辛かっただろなぁ。
そんな事をつらつらと思いながら、墓場から出ようと歩き出した時、不意に目に入った光景。

「・・・お父さん、おじいちゃんは、ここに寝ているの?」
「そうだよ。おじいちゃんのお父さんも寝ているんだよ」
「おばあちゃんも、ここにいるの。ほら、ご挨拶して」

父親と、息子と、母親・・・普通の『家族』。
俺が産まれる前に、義兄が産まれていなかったらああなっていたんかもしれない。
・・・『いなかったら』、か。
ふいに自嘲して、その原因を作り出した男の事を思い浮かべる。
曰く、『人を見捨てられぬ、人情味ある人間』。
また曰く、『ちゃらんぽらんで、女癖が悪い』・・・まぁ、そういう男だと、人は言う。
まぁ、所詮は偽善者やな。
人を見捨てられぬと言われるくせに、お袋と俺を捨てたんだから。
そう、思う。



墓地から出て、なぜか出ていくまで住んでいた家の方面へと足が向いた。
その途中で、見慣れた姿を見つける。
どうやら釣りでもしていたらしく、その手には釣り竿が握られ、片手にはバケツが握られていた。

「・・・あんつぁ、元気だったか?」
「紋治か。帰ってきたんけ?」
「帰ってきた訳じゃない・・・あの男は?」
「家んなかおる。帰ってきたならあがってけ。茶を出す」
「・・・やめとく」
「まだ許してないんけ?」
「許す気は、さらさらねえ」

深いため息。
仲が良い兄弟と言われていても、こんだけは譲れん・・・いや、譲れん訳がねぇ。
義兄には解らんはずだ。
彼は、憎む理由を知っていても、その内情は知らないから。

「親父さ憎むん、やっぱりやめれねぇか?おめぇが、辛いべ?」
「やめる気さ、ねぇ。俺は、辛くねぇ」

どこか、哀しそうな顔をして義兄は目を伏せて、ため息を吐き出す。
そこに、どこかあの男の面影を感じて、眉を潜める。
先程はあぁ思うたが、こう言う所が似てっからこそ、俺は彼が憎いんだろか?
そんな事を、微かに思う。

「まぁ・・・こっただとこ、居てもしゃあねぇべな。ともかく、家さ来?」
「・・・わがった」

これ以上、ここで話をしても無駄だと義兄も感じたらしく、相変わらずのんびりとした口調だったが、俺も承知して家へと向かう。

「ただいま」
「・・・ただいまっす」
「おう、おかえり・・・紋治、けぇったのか?」

・・・やっぱり、あの男がいた。
お袋と俺を捨てて、お袋が死んだ後、罪滅ぼしか何か知らねが、俺を拾うた男。
半分の血を分けた、親。
俺が憎む相手。

「帰ってきた訳じゃないす。すぐ帰りますんで」
「そうけ。まぁ、ゆっくりしてけ」

ずずっと茶を啜り、新聞を見ているこの男に、興味を無くし、俺は義兄から茶を貰う。
この男の行動に、興味を持った所でなんぞ役に立つ訳でもねぇ。
ただ、不愉快なだけだ。

「熱いから、気ぃつけてな」
「ありがとっす」

軽く頭を下げ、茶を啜る。
新聞ごしの、ちょっとした視線を感じたが無視を決め込むと、さらに微かなため息が聞こえる。

「最近、どうっすか?」
「変わりねぇ。相変わらず、何でも屋稼業だぁ。あんつぁは?」
「相変わらずださ。朝起きて、仕事して、飯喰って、風呂入って寝る。それの繰り返し」
「そうすか」

茶を啜りながら、義兄だけと話す。
この男と、話をしていても楽しくはねぇが、それに耳をそばだててるこの男もこの男だ。
何がしたいんじゃろか、と思う。

「親父、新しい茶いれたから、呑んでけれ。紋治、おめぇもだ」
「おう」
「あんちゃ、すまねぇな」

そういって、新しい茶を注ぐ親父が、相変わらず新聞を見ながらこちらにちらり、ちらりと目を注ぐ。
非常にうじゃらったい。
何が楽しいんだろか?
いい加減にして欲しい。

「・・・わー、なんぞ言う事あるんったら、言えやな。うじゃらたい」
「いや・・・なんでもね」

そう言うと、今度は視線を感じのうなった。
茶をいれたあんつぁは、どこぞか部屋に行ったようで気配がねぇ。
本当に無視を決め込むことにすると、茶を飲み干し立ち上がる。

「もう出てくんか?」
「わーと二人で茶呑む程、こちとら暇じゃねぇけ」
「紋治、お前・・・」
「あ?」
「なんでもね。・・・また帰って来てくんろ」
「わーが生きている間は、帰ってきたくもねぇ。さっさとあの世さ逝け」
「冷てぇの」
「ふん。さっさと逝って、おばちゃんとお袋に詫びしさらせ」

思いっきり殺気を込めた目付きで、にらみ付けた後、さっさと外へ歩き出す。
その後、話されていた事などには俺ぁ興味も無かった。

「なんだ、紋治帰ったんか・・・」
「ゆた、おめぇどこさ行ってた?」
「台所さぁ、釣った魚を入れてた」
「そうけ」

小さく舌打ちをする、あんちゃ。
その目付きは、少しきつめになっている。
どうやら、少し怒っていたようだ。

「どんどん、似てきやがって。・・・あん目付きぁ、あいつの母親とおんなじやぁ」
「親父が悪いす。あんとき、俺さ腹ん中いなけりゃあ、紋治の母ちゃん選んでたろ?それぁできんでも、せめて何かできんかったんけ?」
「・・・おめぇまで言うな、ゆた。俺が何も思うとらんと思っとらんけ?」
「知るけ。・・・親父があすこまで歪ましたんじゃろうが。紋治の奴・・・なんかようわからんが時々俺を凄い目付きで見るけぇの。そん原因あるとすらぁ親父だろが」
「・・・おめさぁ、天然の癖になんでそこまで感があるん?まったく」
「これまた知るけ。・・・あれの歪み取るなぁ、親父ん最後の仕事さぁな」

ため息を吐き出して、由太郎あんちゃはどすどすと音を立てて外へ出ていく。
外にもう俺の姿が無い事を見て、さらにため息を吐き出し、そして走り出した。



その頃、俺は帰るために道を歩き出していた。
その後ろからどたどたと走ってくる音がするのを見れば、ゆたあんちゃ。
ぜいぜいと息を切らしたあと、がしと俺の肩をひっつかみ、喋り出す。

「紋治。おめさぁ伝えておきたい事あってだなぁ、ちょっと走ってきた」
「いってぇどうした、あんちゃ。伝えてぇ事って、何だ?」
「墓ん掃除してんの、親父だぁ。おめさのお袋ん墓に線香も、花も供えとる。・・・あの親父だって、罪悪感つぅもんあるんだぁ。許せねぇでも、せめてそんくらいは認めてやれぇな」
「・・・そんでもやめね。あいつのせぇでお袋ぁ死んだ。俺ぁ、許せね」

また、この義兄は深いため息を吐き出して、俺にさとすように、また言うのだ。

「そいでもなぁ・・・紋治。昔に起こった事は、もう取り戻せねぇんだ。おめさ、そうやって過去に捕われてっと、いつかそれに足掬われるべ?親父だって、本当はおめさの事、嫌いな訳じゃねぇんだ」

そいでも、俺は、許せねぇんださ。
そう、言うと。
義兄は、あの時と同じように黙ってため息を吐き出す。
その顔が、なぜかあの男の、さっきの顔に重なって。
義兄の事が大好きなはずなのに、なぜかまた憎く感じてしまうのにむしゃくしゃしながら、顔を背けた。

「あんな、紋治」
「なんだ、あんつぁ」
「『愛憎、紙一重』って言葉、知っとっか?」
「なんだそらぁ?あいつに、俺が愛情もってっとでも?」

ふん、と鼻で嗤う。
冗談でねぇ、あんな男に何で、俺が。
それに苦笑して、あんつぁがさらに言葉を続ける。

「そうかもしんねぇと、俺ぁ言ってるんさ。それに・・・おめさぁ、俺が親父んこと、なんとも思ってないと思っていないとでも思うてるんけ?・・・違うっさ。おめさも、俺のお袋も、結局ぁ親父に裏切られたんぞ。あのなぁ・・・親父んことが本当に嫌いんか?殺したいんか?」
「そんな事できるなら苦労せんやな。あん男で手ぇ汚す程、俺の手は安かねぇす」
「できんのなら、ええ加減に許せや。どんな事にせよ、時は巻き戻せんからの。それに、親父はどっちにも置いていかれたんじゃ。『きさんは来るな』とな。せめてもの復讐じゃぁと思わんと、俺もやっとれんよ」

ゆたあんちゃが深いため息を吐き出し、目を微かに伏せた。
・・・そうだった。
たったひとつだけ、除いてはまた俺と同じ。
あんつぁのお袋は選ばれて、俺のお袋は捨てられた。
大きな違いではあるが、それ以外は、立場は同じ。
それでも、あんつぁがなんとも思ってないとは思わなかったが。

「・・・おめさも、ちっとだけ、親父んこと考えてみぃやな。『親孝行、したいときに親は無し』さぁね。俺が言えるんは、そんだけや」

そう言うと、身を翻して、来た道を戻り出すあんつぁが、そこに突っ立っていた俺に、背中ごしでのんびりと呟いた。

「・・・また、戻ってきぃや。ありゃあ、おめさの家でもあんだからよ」

その言葉に、微かに苦笑して。

「そのうちに、の」

その一言を吐き出して、俺はまた道を歩き出した。



あんちゃと俺は似ていて、違う。
・・・俺は、あんちゃのようになれん。
あんちゃは『過去の事』と許し、俺は許せん。
そんだけの事なんかもしれん。
それでも、俺は。
あの男を・・・親父を、憎まずにはいられないのだ。

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あとがきと言う名の乱文。
誠に遅くなり非常に申し訳ございませんでした。
最後の最後が煮詰まって、やっとこさ『神様の降臨』で、書き上げられましたが、非常に駄文です。(汗)
こ、これでいいのだろうか・・・
自分が書く、総てのものが駄文に思えて仕方ない・・・・(汗)
燃やすもゴミバコにつっこむも御好きなようにどうぞ。