深緑と思い出と太陽と

クラーネスの地方都市、ネムカ。
風光明美で有名な『ファンタジックワールド』、クラーネスにも戦争以後、スラムが増えた。
その中でも、ネムカという土地はまだ学術都市ともあって、スラムは小さい。
しかも超星団を巻き込んだ戦争が終わって年月が立つ毎に、段々とその規模は少なくなっていっているという。
良い事だが、少々の寂寥感も否めない。
そんな事を思いながら、僕は開店休業中の店で、なぜか妙に痒い耳を左手でいじくっていた。

「おや、白さんじゃないかい。こんにちわ」
「あぁ、アリスさん。こんにちわ」

スラムの中のアパートメントに住む、時々、店に食べにきてくれる茶色い兎の姿をした獣人のおばあさんが、声をかけてくる。
どうやら買い物帰りらしく、その手に持っているバスケットにはパンやネギなどが見えていた。

「お店の方は相変わらず閑古鳥かい?こうなると、何か協力してあげないとダメかねェ」
「それはなんとか・・・」
「そうかい?ならいいんだけどねェ」

からからと垂れた耳を後ろに流して笑うアリスさんの顔を見ながら、また耳が痒くなって、左手で耳をいじくる。
痒いが、爪がちょっとだけ伸びてて、ひっかくとそこからは血が出そうだ。

「まいったなぁ・・・」
「おや、どうしたんだい?耳、なんかあるのかい?」
「えぇ、耳が痒くて・・・なにかあるのかなぁ?」
「ふぅん・・・ちょいと待っといで。すぐに綿棒とかもってきてあげるから」
「あ、はぁ・・・お願いします」

このお婆ちゃん、どうも世話焼きさんらしい。
走って行った先は、その家の方だ。
少しだけ、いいのかなぁとか思いながら待ってみると、案の定手には耳掻き棒と綿棒、懐中電灯に爪切りなどを入れた小さな籠を持った、アリスさんが現れた。

「さて、と・・・。どこかに座れる場所・・・あぁ、あったじゃないか。よいしょっと」

長い木の椅子(店の備品)と椅子を平行にして、籠の中に入っていたクッションを長椅子に置いた後、ひょいひょいと手招きするアリスさんの前で、軽く頭をかしげる。
えーっと、つまり、これはクッションに頭を乗せろと言う事なんだろうか?

「ほら、頭を乗せて。本当は膝枕がいいんだけど、あたしはもうできなくてねぇ」

やっぱりそういう事らしい。
とりあえずクッションに頭を乗っけて、軽く体を長椅子に横たえる。
誰かに耳掃除やってもらうなんて、随分久しぶりだからなんだか緊張する。
ぱち、という音が聞こえたが、どうやら懐中電灯をつけた音だろう。
ちょっと光が目に入るが、気にしない、気にしない。

「わたしらの姿ってのは、爪が尖るからどうしても危ないし、届かない事もあるし、耳掃除ってのはなかなか大変なもんだからねぇ。・・・ほら、やっぱり耳あか溜まってるよ」
「あ、やっぱり・・・」

確認は終わったのか、何かが入ってくる感じがして、その後にごそごそごそごそ、という音が、耳の片方から響く。
何度も聞こえる事からして、随分長くかかっているみたいだ。
微かにくすぐったさも感じるが、気持ち良いのも確かで、僕はされるがままになっていた。

「そうだねぇ、ついでだから昔語りでもしてあげようか」

耳掃除しながら耳元だからか、小さめに声を出すアリスさんが笑う。
そういえば、アリスさんは、この街に子供の頃からずっと住んでいると言っていたから、この街の事もよく知っているのだろう。
そんな事を思いながら、その声に耳をかたむける。

「昔のネムカはね、深い森の中の隠れ里みたいな感じでね、今のような都市じゃなかったんだよ。夜になるとね、幽霊が出るんじゃないかって位暗くなってねぇ。街頭はあるにはあったけど、やっぱり恐かったさ」
「え、そうなんですか?そう見えないけど・・・」
「まぁ、前よりは随分開けた土地になったもんでね。森の中に街があるのが、クラーネスの様式だからあまり気付かないかもしれないけど、古くから住んでいる人にとっちゃ、わかるのさ。・・・それに、ここらへんは旧い場所だからね、どうしても綺麗とはいえないけど、それでもいい所だよ。森の恵みも豊かだからかねぇ、気心が良い人が多いしね」

話しながら、綺麗になったかなと耳を覗き込むその表情はどこか優しげで、「こっちはもういいね。さ、今度はそっちだよ」と声をかけられて、とりあえず体をひっくり返す。

「ああ、無くなったモノもあったっけ」
「なくなったモノ・・・?」
「あの、長すぎる戦争さ。戦場を子供の頃からよくTVで見たよ。・・・まぁ、本当に終わってよかったねぇ。でも、終わってからちょっとばかし、この都市にも人が少なくなって。昔はそこら中に、傭兵やら何やらが歩き回ってて、よく子供らと遊んでくれてね。気の良い人もいっぱいいて、ここに残った人もいたんだけど、やっぱり、寂しくなった事には変わりないよ」

長すぎる戦争・・・多分、次元大戦の事だと思う。
『あれは長い戦争だった』と長く生きている人も言うし、千年以上続く戦争は僕らの寿命から言っても、確かに長いと思う。
そんな事を思いながら、ごそごそと耳からの音に微かに目をつぶる。

「最近はもう、この場所も寂しくなっちゃってねぇ。そろそろここも昔みたいに、鬱蒼とした森に覆われるんじゃないかって思っているよ。あはは・・・」

小さな苦笑の中に、微かな寂寥感を感じさせるものがあるのは、しょうがない事なのかもしれない。
この街の中央からしてみれば、ここはかなり森が深く、薄暗く感じる。
スラムなのだから当然かもしれないが、森の中だけあって空気が涼やかなのがこのスラムの特色、と言えばいいのだろうか。

「うん、綺麗になった。爪切り置いとくから使っとくれな」
「ありがとうございます。痒いのも取れましたし・・・」
「あはは、礼を言われる事はしてないよ。よかったねぇ、痒いの取れて」
「はい。あ、お茶をいれますから、一緒にどうですか?」
「おや、若い人からのお誘いは嬉しいねぇ。いただくよ」
「はい。ちょっと待ってて下さいね」

垂れた耳を弄りながら、からからと笑ったアリスさんの顔は相変わらず快活で、僕はそれに微笑みながら故郷の自慢のお茶と、お茶菓子を用意しようと、長椅子から立ち上がった。

「ああ、お天道は相変わらず綺麗だねぇ。木が遮ってくれて、木漏れ日になってるけど、こりゃまたいいお茶日和だ」
「えぇ、いい日和ですねぇ・・・」

上を見上げれば、木々に埋もれた日の光が、柔らかく差し込んでいる。
それを見上げて、僕はまたお茶の準備を始める。

ネムカは今日も、優しい太陽の光と、森に包まれていた。

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・言い訳と言う名のあとがき。
キリバンおめでとうございます。

早速言い訳ですが・・・
世界設定は、クラーネスの地方都市『ネムカ』で、NPC『靂』の故郷です。(笑)
なんとなくですが、スラムの荒れた空気は無いけれど、低所得な人が多い地域っぽいですね。
私のイメージとしてはクラーネスは森の中の都市が多いと言う感じで、街から人がいなくなったら森が増えていくという感じがありまして。
ファンタジー=森の中がイメージに浮かびまして、そんでもって、世界と一緒に人が生きているという感じ。(笑)
ちなみにアリスさんは茶色のロップイヤーをイメージしてみました。(笑)
あの垂れ耳はラヴなもんでして。

・・・こ、こんなモノで、よかったでしょうか??
返品可能、焼却可能ですので、気に入らなかったらどうぞ御好きなやふに・・・(汗)
これからもよろしくお願いします。(深々)